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堀江則雄のブログ ユーラシアの風

ユーラシアの各地で起きていることについて思っていることを書き連ねる。

10月14、15両日金沢で、平和条約交渉や草の根交流をテーマにした日ロフォーラムが開催された。日ロ双方から120人が参加し、熱心に議論した。日本ユーラシア協会とロ日協会が主催したものだ。プーチン大統領の来日も目前で、大いに注目された。ここでの私の発言報告を紹介したい。

 

 

日ソ共同宣言60周年に寄せて――平和条約締結へ前進のために

         20161014日 第12回日ロフォーラムin 金沢

 

 

 日ロ両国政府間で平和条約交渉が進展しており、プーチン大統領の12月訪日など領土問題を解決した平和条約締結への前進が期待されています。様々なアプローチがありますが、ここでは、両国が国交を回復した日ソ共同宣言を踏まえて、交渉の確実な前進を提言します。

 日ソ共同宣言は19561019日モスクワで鳩山、ブルガーニン両首相が調印しました。双方の議会で批准された、両国の基本的な国家関係を規定した唯一の条約であり、単なる宣言ではありません。その60周年は大きな区切りです。

 その内容は①戦争状態の終結と国交の回復②国連憲章の尊重と内政不干渉③ソ連は日本の国連加盟を支持する④抑留された日本人の釈放・帰国⑤賠償請求権を相互に放棄する⑥通商関係、漁業分野で協力する⑦平和条約締結交渉を継続し、平和条約締結後に歯舞、色丹を日本に引き渡す――というものでした。

 戦争後の平和条約に必要な規定は、国境線画定以外はすべてこの共同宣言に盛り込まれています。国境線画定は合意寸前までいきましたが、米国の介入で頓挫し、積み残されたのです。

 その後、多くの紆余曲折がありましたが、21世紀に入り、この共同宣言は平和条約交渉の基礎として復活しています。同時並行協議「2プラス2」です。共同宣言に盛り込まれている歯舞、色丹の引き渡し協議と国後、択捉の帰属をめぐる協議を区別して行うというものでした。1951年のサンフランシスコ平和条約で日本が主権を放棄した千島列島に含まれる国後、択捉と共同宣言で引き渡しが確認されている歯舞、色丹とは国際法的に歴然とした差異があるのです。だが、こうした協議は日本側の“内紛”で挫折しました。

 

この60年間、平和条約交渉が不首尾に終わった大きな要因を指摘したいです。ロシア側は「戦争終結で解決した」論に、日本側は「4島返還」論にそれぞれ固執し、その枠組みから一歩も出なかったからです。今こそ、そこから脱却すべき時なのです。そうしてこそ、安倍首相とプーチン大統領が2013年に合意した「双方が受け入れ可能な解決策」につながっていくでしょう。

 すでに両国首脳からは「新しい独創的な型にはまらないアプローチ」(09年の麻生・メドベージェフ首脳会談)から始まって、プーチン大統領が「引き分け」を、安倍首相が「新しいアプローチ」を提唱しています。ですが今のところこの呼びかけは掛け声だけに終わっています。

 

 12月のプーチン大統領訪日による首脳会談が、まさにこうした掛け声に内実をあたえる機会になることを期待します。平和条約締結は、日ロ新時代をもたらすでしょう。それは、北海道とサハリンや千島との関係だけでなく、日本海をはさんだ日本とロシア極東・シベリアとのヒトとモノの流れ、大きな交流圏をつくるでしょう。まさに、草の根交流を掲げる日本ユーラシア協会の出番なのです。

 

堀江則雄

 

 

 

 

 

“遊牧民のオリンピック”開かる、キルギスで

ゲーム「蒼き狼」、「」「たか狩り」人気

豊かな伝統文化守ろう

 

 

 キルギスで938日、“遊牧民のオリンピック”(世界遊牧民競技大会)が開かれ、62カ国から約1000人の選手が参加、遊牧民としての技や力を競い合った。

 私はこの“オリンピック”にキルギス対外友好協会から観戦者として招待された。

 このスポーツ国際大会は、遊牧民の生活とかかわり深い馬を乗りこなす技術や体力を競うものだ。キルギス政府が遊牧民の伝統文化を守ろうと、14年に初開催し、今年は2回目。

会場は、天山山脈の一部アラ・トーに囲まれた観光地として有名なイシク・クル湖(琵琶湖の9倍の面積)の湖畔の各地であった。

 競技は23種目に及んだ。馬にかかわるものでは、競馬やジョルゴ(馬の競歩)のほか、“馬のサッカー”と言われる「クック・ブルー(蒼き狼)」が面白かった。

 これは7人制の騎馬の団体戦で、自分のゴールにボールならぬ「子羊」を投げ込んで得点する。騎馬の突進、「子羊」の受け渡しとその阻止、騎馬集団による防御体制――迫力満点で、一番人気があった。ゲーム「蒼き狼」の呼称も遊牧民らしいもので、チンギスハンやアタチュルクを想起させた。

  きつねの皮を獲物に見立ててイヌワシを放って捕獲する「たか狩り」やアゼルバイジャン式レスリングなどが繰り広げられた。

 開会式は新装なった競馬場で行われ、古代からの遊牧民の歴史を紹介する劇も上演され、今日のキルギス民族の誇りを示した。また、1000人による伝統楽器コムスの弦が会場いっぱいに響き渡り、感動をよんだ。民族衣装を着た男性が馬とダンスを踊ったり、2頭の馬に乗って走る曲芸など多くの馬が会場を駆け回わり、馬の臭いを発散させた。

 アタムバエフ大統領は開会挨拶で、「今日の世界で、自然と人間が溶け合う遊牧民の生活が大事になっている。豊かな遊牧民文化を世界に見せる絶好の機会だ」と、強調した。

(堀江則雄)

 

 

 


『日本領樺太・千島からソ連領サハリン州へ

   ――1945年―1947年』


エレーナ・サヴェーリエヴァ著 小山内道子訳


 

      日ロ共住生活の2年間に何が?


 

 第二次世界大戦の最終章となった日ソ戦争とその戦争処理の結果、樺太(南サハリン)と千島列島がソ連軍の占領する地域になった。それは連合国の取り決めによるものだったが、ソ連軍の侵攻が815日以降に本格化し、戦闘などにより少なからぬ戦死者が出たこと、捕虜のシベリア抑留も知られている。

 これが、今日なお残る日ロ間の領土問題の淵源でもある。

 樺太と千島は、ソ連軍が占領した後、ソ連領にサハリン州として編入されたのだが、その過程はあまり知られていない。

 

樺太では、ソ連が対日戦宣を布告すると、樺太庁が緊急疎開令を発し、約10万人が母国へ脱出するが、30万人の日本人が残留することになる。ソ連人の移住も始まり、日ソ両国民の共住生活が日本人引き揚げ開始までの2年間余り、続くことになった。

 ソ連軍当局の占領政策と残留日本人の取り扱いはどのようなものだったのか――。本書は、これまで秘密扱いされてきたサハリン終戦史関係資料をもとに、サハリンの歴史家が初めてまとめた労作である。

 ソ連占領軍と民政局は45年の当初、樺太庁を頂点とする行政組織を温存して間接統治の形をとった。内地のGHQの統治方法と同じである。だが、ソ連型社会主義を導入するために、直接統治へと移行していくが、大陸本土へ石炭、紙パルプ、水産物の搬送を確保するために日本時代の生産と経済機構を維持していたという。

 

 日本語の新聞『新生命』が、隔日2ページで部数3万部発行されていた。民政局は毎日2時間、日本語ラジオ放送も行っていた。イデオロギー・プロパガンダの面はもちろんあったが、残留日本人のための情報提供と統合に役立った。

 とりわけ興味深かったのは、移住してきたロシア人、ウクライナ人たちと残留日本人との共同生活である。家屋不足のため、文字通り一軒家での共住だった。軋轢なども生じたが、両国民の草の根共生があったのである。

 

ただ、本書はソ連の行為の正当化に傾きがちだが、解題で

という歴然とした違いを的確に指摘している。


1511月刊、成文社、183p、2200円+税)

堀江則雄

 



幕開けるか? 日ロ新時代

平和条約交渉の進展がカギ

 


 21世紀に入り、ユーラシア情勢が激変し、各国が画期的な連携を強めており、ユーラシア新時代に入っていることは、このコラムで何度も強調してきたところだ。

 ユーラシア経済連合(ロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザフスタン、キルギス、タジキスタン6カ国)の発足だ。のモノ、ヒト、カネの自由な往来を保障する経済圏が中央ユーラシアにどっしりとした存在感を見せつけている。

 中国によるシルクロード「一帯一路」経済圏構想も始動しており、この広大な地域の経済インフラ、高速道路などの交通網整備が始まっている。上海協力機構やBRICSを基盤としたロシアと中国の戦略的連携、そしてロシア・中国・インドの戦略トライアングルも姿を見せつつある。

 こうした動きを支える資金力は中国にひけをとるが、プーチン・ロシアが構想や調整力でリードしてきたことは、誰もが認めている。

 

そのプーチン大統領の12月の訪日と日ロ平和条約交渉の加速化が、9月2日のウラジオストクでの安倍・プーチン首脳会談で決まった。それは、ユーラシア新時代に連動した日ロ新時代の幕開けにつながるのだろうか?

 

 ユーラシア新時代の激変は、極東の日本周辺、ユーラシア東部にも及んでいる。東シベリアやサハリンからの石油・天然ガスのパイプライン網が史上初めて整備されつつあり、“エネルギーの流れ”が姿を見せつつある。その流れは中国、韓国そして日本へとつながっている。

 サハリンからのLNGガス輸入、沿海地方らの石油輸入が次第に増えている。日ロ両国の貿易総額が年間300億ドルほどになっている背景には、それがある。

 ロシアでは、海底トンネルや海上橋でロシア、日本、朝鮮半島、中国を結ぶ環日本海交通網(鉄道)構想が語られている。

 また、「北東アジア送電網」構想も真剣に検討されている。ロシア、日本、中国、韓国、モンゴルで再生可能エネルギーを発電、お互いに電力を融通しあうアイデアである。

 

これらは事業化調査の段階であり、すぐに実現するものではない。だが、こうした構想が出現するだけの環境があることも、注目すべきであろう。

 この秋、ロシア極東のウラジオストクに証券取引所「ヴォスホト」がオープンする。極東の企業がここで大きな投資をえることができる。また、総額170億ドルの多くのインフラ・プロジェクトが紹介されており、外国を含めた民間投資を待っているという。強大な隣国・中国に、そしてバランスを取るためにも日本に、直接投資の期待は大きい。

 

 日本側も、経団連の日本ロシア経済委員会が6月、モスクワを訪問し、大企業のロシア進出、極東開発での新たな連携事業について話し合い、協力促進でロシア側と合意している。極東開発では、港湾、物流、農林、水産関係の設備事業で合意した。「経済界では北方領土問題が解決されれば、両国経済交流はさらに進むという意見がある」(朝田日ロ経済委員長・丸紅会長)という。

 ウラジオストクでの安倍・プーチン首脳会談では、日本側による極東シベリア開発のための対ロ経済協力8プランの促進が合意された。

日ロ平和条約交渉の進展が、日ロ新時代のカギになっている。


堀江則雄

 



「大ユーラシア経済圏」構想

大きな夢、根拠もあるが・・・

 

 

「大ユーラシア経済圏」構想がいま、世界の耳目を集めている。

 プーチン大統領が6月のサンクトペテルブルク国際経済フォーラムで提唱したものだ。現在、活動している「ユーラシア経済連合」(ロシア、ベラルーシ、アルメニア、カザフスタン、キルギス5カ国加盟)に中国、インドなども含めて「ユーラシア経済パートナーシップ」の創設を呼び掛けたのである。英国のEU(欧州連合)離脱をうけて、欧州の国も想定しているという。文字通り「大ユーラシア」である。

 

 「ユーラシア経済連合」は旧ソ連の5カ国の経済統合をめざし、人、モノ、カネの自由貿易圏として昨年発足している。これとユーラシア各国との連携を図ろうという狙いだ。

 イズベスチヤ紙(6月20日付)によると、プーチン政権は12カ国との自由貿易協定の締結を推進しているという。インド、中国、イランのほか、エジプト、イスラエル、インドネシア、カンボジア、韓国、ベネズエラ、ニカラグア、ペルー、チリの12カ国だ。中南米4カ国を除く8カ国がユーラシアの諸国である。それぞれ各国との交渉は前進している、と伝えられている。

 関税や市場規制を縮小あるいは撤廃し、商品や労働力、資本の自由な移動を保障して、広大なユーラシアに経済圏を創設するという大きな夢だ。この構想は、米国や日本などが交渉したTPP(環太平洋パートナーシップ協定)に対して対抗する含意があるだけでなく、その“ユーラシア版”とも言えるだろう。

 

 これは、単なるプーチン氏の夢想ではない。

それなりの根拠はあるのだ。「ユーラシア経済連合」はすでに動き出している。昨年5月のプーチン・習近平首脳会談で中国とは「一帯一路」シルクロード経済圏構想との連携・協力で合意、インドも上海協力機構(SCO)に正式加盟し、ロシア・中国・インド戦略トライアングルが始動している。イランも同機構への正式加盟が近づいている。

カンボジアは上海協力機構の「対話国」であり、エジプト、イスラエルは同機構へのオブザーバー参加を申し込んでいる。インドネシア、韓国は東南アジア、東アジアでの有力国であり、経済的に中国、ユーラシアと西に目を向けているのだ。

 

こうした「大ユーラシア」を結びつけるカネの流れ、各国の開発や経済発展を支える金融機関も出来つつある。

「ユーラシア経済連合」によるユーラシア開発銀行(2006年設立、資本金15億ドル、本部アルマトイ)。SCO開発銀行(2015年設立、資本金500億ドル、本部上海)。BRICS新開発銀行(2014年設立、資本金500億ドル、本部上海、総裁インド人、総額1000億ドルの緊急外貨準備基金も設立).AIIB=アジアインフラ投資銀行(201557カ国で設立、資本金1000億ドル、本部北京)――。

こうした金融機関は、米国主導の世界銀行やIMF(国際通貨基金)に対抗するものだ。プーチン構想の成否は、世界の経済構造の変革につながるだろう。


堀江則雄