奥深さと融通無碍
中村逸郎著
『シベリア最深紀行』
シベリアという言葉の響きは、いろんな意味で日本人にとってなじみ深いものだ。
極寒の地、雪の大平原、大河と大きな湖、ユーラシアを横断するシベリア鉄道、世界に冠たる石油と天然ガスの産地――。そして、ロシア革命につづく日本軍や米欧軍によるシベリア干渉戦争、日本軍将兵が強制労働を強いられたシベリア抑留・・・。
そのシベリアについては、数多くの書物が書かれている。本書はこれまで書かれなかった、シベリアの奥深さを知ることができる稀有の紀行文である。
「住所はツンドラ」と言うトナカイ遊牧民、今日もなお治療行為や精神文化で活躍するシャーマンたち、何世紀も周囲との関係を絶ってきたロシア人旧教徒の人々、シベリア・タタール人たちのイスラム教徒の村などを訪ね歩く。いずれもシベリアの奥深い山を越えてだ。ほとんどが目新しいもので、驚くような話しばかりだ。
ザバイカル地方のチタは「第二のエルサレム」だと言う。キリスト教、ロシア正教の教会、ユダヤ教のシナゴーク、イスラム教のモスク、それに仏教のダッツアンが市内に共存している。特定の宗教に固執せず、あれこれの宗教施設に出入りする市民も多い。つまり、融通無碍なのだ。これも、シベリアの特徴なのだろう。
プーシキンのデカブリストに捧げた詩が思い出される。
シベリアのやま奥深く/
誇り高き忍耐を保ちたまえ/
君等の哀しみにみちた労苦が忘れ去られることはない/
そしていと高き志の想いもまた/
著者はロシア政治学者で、TVのお昼のワイドショーのコメンテーターとして、反プーチンの乱暴な議論を展開している。だが、本書はかなり真面目な紀行文であり、シベリアに住む多様な人びとの奥深さと融通無碍ぶりの断面を提示している。
シベリアにも古い歴史があり、その古層にはさまざまな精神文化が積み重ねられ、今日なおひっそりと息づいているのだ。
16年2月刊、岩波書店、203p、2400円+税
堀江則雄