ウクライナで何が起きているのか
堀江則雄
はじめに
ウクライナとは、ロシアの南西に接し、南は黒海やルーマニアなどと、西はポーランドなどと、北はベラルーシと接しています。面積は日本の約1・5倍で、人口は5000万弱。おもな産業は製鉄と農業で、重大爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発のある国です。
ロシアによるクリミア半島編入など、いまマスコミをにぎわしている国ですが、何がどのように起きているのかをお話ししてみたいと思います。
その前提として私の立場について3点ふれたいと思います。駐日ウクライナ大使の伴侶はロシア人です。このことが示すように、スラブ系のウクライナとロシアとの関係は密接で、同胞と言ってもいいものです。ですから、第1に同朋の殺し合いはやめるべきだということです。話し合いによって民主的に解決するということです。第2に、1991年にソ連が崩壊してウクライナが独立した後、EUNATOに援助を求め、ロシアにも援助を求めるなど、自立した国づくりができてきませんでした。ここに今日の問題の根源があると思いますので、自主独立の国づくりが必要だという立場です。第3に、外部から介入をしてはならないということです。
1、ウクライナ危機の経緯
ウクライナは独立したときから、国内の東側と西側の対立の問題や、EU・アメリカとロシアとの貿易・経済関係など、いろんな問題を抱えていたわけですが、それが昨年11月に破局的な事態としてあらわれました。
昨年11月、ヤヌコビッチ大統領がEUウクライナ経済連携協定の調印を延期したことが発端となりました。それに加えてヤヌコビッチ政権の腐敗や経済の破たんなどがあり、反ヤヌコビッチ政権のデモが広がりました。
そして第1段階で起きたことが「マイダン革命」というものです。マイダンというのはウクライナ語で「広場」という意味です。首都キエフの中心街に独立広場という場所があります。その広場を4~5000人々がテントを張り、泊まり込んで占拠しました。中心街ですから政府庁舎などもあり、そこを人々が占拠していきました。こうして反政府デモが盛り上がっていきますが、そのなかで極右勢力が入り込み、勢力を強め、その多くが武装勢力となり暴徒化しました。100人以上の市民がこのなかで死亡しています。
2月21日、政府と野党が、大統領選挙を前倒しすることに合意し、それまでの間は国民連合政府を樹立して運営していくことに合意しました。この合意は、直接その政府代表が交渉に参加したフランスやドイツ、ロシアの後押しがあってできたものです。しかし翌日、極右勢力が暴力でヤヌコビッチ大統領を追放します。
大統領追放のあと、極右勢力の暫定政権ができます。これが第2段階となります。
暫定政権は、西部を中心に州政府を右派勢力に変えていきます。また、地方でロシア語も公用語とすることを認めるとしていたのですが、それを取り止めウクライナ語だけを公用語とすることとしました。これの持つ意味は、例えばクリミアでは70%の人がロシア人で、帝政ロシア以降、ウクライナの東部にはロシア語を母語とする人はたくさんおり、国の東側と西側との対立を激化させます。
こうしたなか、3月16日、クリミアの独立住民投票が行われ、賛成が90%以上となり、同月18日にロシアがクリミアを連邦に編入します。
第3段階は、反マイダン運動の巻き返しです。東部のドネツク、ルガンスク両州で分離派武装勢力(親ロシア派)が州政府・治安機関の庁舎などを占拠します。これらは、右派勢力が西部でやってきたことの巻き返しとしてすすめられました。この地域は、帝政ロシア時代からロシアが支配し、スターリン時代に工業化をすすめた地域で、石炭と鉄鉱石で大きな製鉄産業をつくっていました。ですからロシアの影響の強い地域です。5月11日、分離独立派が両州で住民投票を行い、「ノボ(新しいという意味)ロシア」といって独立を宣言しました。そして、5月25日の大統領選挙ではポロシェンコ氏が当選します。
以後、第4段階となります。ポロシェンコ大統領は、当選の際に停戦することを提案しますが、東部2州を支配している分離派武装勢力の武装解除を前提としていました。しかし、これが受け入れられないとなると、7月には空爆と砲撃による本格的な掃討作戦を展開するようになります。こうしたなか、マレーシア航空機撃墜事件が起きました。これについては、真相はまだはっきりしていませんが、いずれにしても政府軍が同胞に対して攻撃を激化させ、分離派武装勢力との本格的な戦闘にエスカレートさせたなかで起きた悲劇だったと言えるのではないかと思います。こうしたなか、EU、ロシア、OSCE(全欧安保協力機構)などが入って何度も停戦が合意できそうになるのですが、なかなか最後までいかない状況で激しい戦闘がつづいてきました。
国連機関の報告によると、こうした戦闘で9月末までに市民を含む3700人の死者が出て、数十万人の市民が難民として国内各地やロシアに避難しています。
ウクライナ政府と分離派武装勢力が9月5日、停戦合意しました。両者の合意は初めてのことで、捕虜釈放、大型兵器の戦闘地域からの撤去などともに、東部2州への「自治権」付与が盛り込まれました。これをうけて、東部2州には、3年間の「特別な地位」が保障されることになりました。
ウクライナ危機の大きな転換点になるものです。だがその後、分離派が2州の議会選挙と指導者選挙を独自に行い、「ノボロシア」の政治体制づくりに踏み出すと、ウクライナ政府は強く反発し、事態の打開にはいたっていません。
2、背景に何があるのか
■国民が形成できていない
まず第1に指摘したいのは、ウクライナは国家(state)は形成したけれども、国民(nation)は形成できていないということです。stateは、国家機構。政府、議会、司法、軍隊、警察、中央銀行などです。しかし、「自分たちはウクライナ人である」、ウクライナ人というアイデンティティができていないのです。
東部は、17世紀から帝政ロシアの一部になっていました。一方、西部は第2次世界大戦で併合されたのです。スターリンとヒトラーによるポーランド分割などの秘密交渉によってソ連が領土とし、ウクライナに併合したのです。もともとこの地域はドニエプル川で東西に分かれていて、言語は東部はロシア語、西部はウクライナ語、宗教はともにロシア正教ですが西部はカソリック系など、文化が違っているのです。そしてキエフなど中部は今日、それぞれが入り混じった状況になっています。
実際、ウクライナを東西に横断したことがありますが、東部は、工場、集合住宅など街の作り方は旧ソ連型のロシアの地方都市と同じでした。一方、西部はポーランドと変わらない風景となります。こうした事態ですからアイデンティティの確立は困難な状況です。
ウクライナは、1991年にソ連の崩壊で独立する前、ロシア革命で帝政ロシアが崩壊した1917年から1922年のソ連邦が形成されるまでの間に独立した時期があるだけです。しかし、1917~18年は第1次世界大戦の末期で、ドイツ軍が占領していたり、反占領闘争があり、赤軍が占拠したりと、混乱のなかにあって、まともな国家運営はできていませんでした。また、西部はかつてナチスに協力した民族主義グループのバンデラ派が支配し、100万人のユダヤ人を虐殺し、反ソ武装闘争の歴史もある地域です。それが今日の極右勢力に直接つながっているとは必ずしも言えないかもしれませんが、そういう土壌のある地域なのです。
独立後も、こうした頭部と西部の違い、対立を国民統合に向かわせるのではなく、逆に、親EUとか親ロシアとかいった対立を激化させる政治がつづいてきました。
■経済破綻と激しい政争
ウクライナの2012年のGDPは、驚くべきことにソ連崩壊・独立直後の混乱のなかの1992年の84%しかないのです。
1992年当時の経済は大混乱の時期でした。当時、モスクワに住んでいた私のロシア人友人の貯金が6万ルーブルになって、彼はこれで自家用車が買えると喜んでいたのですが、スーパーインフレで1年たったらパン2斤しか買えないという状況になってしまいました。これほど混乱していた時期よりも、今日のウクライナはGDPが少なくなっているのです。
旧ソ連が崩壊して15の独立国家ができましたが、ウクライナ経済が最低です。ほかの国はGDPがすべて増えています。ロシアは、2000年頃まではもたもたしていましたが、いまは4倍になっています。ウクライナの国民1人あたりのGDPはロシアの4分の1です。平均給与は、ロシアは日本円に直すと約6万3700円ですが、ウクライナは約2万7000円。年金は、ロシアは月2万4700円ですが、ウクライナは1万4100円です。ロシアには最低限のものですが、一応、国民健康保険がありますが、ウクライナにはありません。こうした国民的な経済破綻が、武装闘争とか武力戦術などが支持される背景にあることは見逃せないと思います。
また、ですからクリミア住民の多くがロシアへの編入を認めたのです。実際、3カ月後には年金が2倍になりました。
ウクライナの累積債務は1400億ドル、その内、短期債務が650億ドル。一方、外貨準備高は100億ドル台で、債務不履行になろうとしていたのでEUに援助を求めましたが、EUもギリシアやスペインなどの問題をかかえており本格的に援助できるような状況にありませんでした。そこでロシアに援助を求めると、プーチン露大統領が130億ドル貸与するということになって、EUとの連携協定を延期してロシアとの関係を深めるようになりました。これが、「はじめに」でふれた今日の危機の発端となった昨年11月の出来事なのです。
こうした経済破綻の背景には、クチマ、ユーシェンコ、チモシェンコ、ヤヌコビッチなど歴代大統領の権益争いがあります。例えば、チモシェンコは女性首相でしたが、「(天然)ガスの女王」とよばれていました。ロシアから天然ガスを輸入する際に、国民向けには安く、企業には高く売って、その差額を懐に入れて財を成しました。そうして汚職・腐敗が蔓延していきました。また、石炭と鉄鉱石によって、世界第3位の鉄鋼の輸出国ですが、投資がないので旧ソ連時代からの設備で生産しているため利益があがらない状態にあります。
また、旧国営企業を安く手に入れるなどソ連崩壊に乗じて財を成したオリガルヒ(新興財閥で、資本主義化の過程で形成された政治的影響力を有する寡頭資本家だ。 “チョコレート王”の異名をもつポロシェンコ大統領もその1人)が生まれ、政府と癒着してきました。
■NATO・EUの東方拡大vsユーラシア経済連合
ワルシャワ条約機構が解体され、東西ドイツが統一される際、ゴルバチョフとブッシュ米大統領との間で、文書は交わしてはいませんが、ブッシュはNATOを東側に拡大することはないと「約束」したと言われていたのですが、実際には東に拡大され、バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)から、チェコ、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアなど東欧各国がNATO加盟国になりました。そしてこれらの国は、集団的自衛権の行使としてアメリカのアフガン戦争に何百人という規模ですが参加しています。
米軍の軍事基地や施設が新たに、こうしたNATO新規加盟国に設置されています。また、ポーランドとチェコにはMD(ミサイル防衛)網を作る動きもあります。冷戦後、あまり注目されていませんが、このように米国主導の軍事ブロックが東欧に拡大され、ロシアに迫ってきていたのです。
これに対しプーチンは、3月18日にクリミアを併合した際の議会で、NATO不拡大の約束は反故にされ、いまや「ロシア世界」(ウクライナ、モルドバ、グルジア)にまで拡大しようとしていると、危機感を明確に示しました。これは、ウクライナ危機に大きな影響を与えていると思います。
一方、ロシア側からの動きでは、ロシア、カザフスタン、ベラルーシによるユーラシア経済連合(=関税同盟)が2015年1月に発足します。アルメニアとキルギスも加盟する予定で、こうしてロシアを中心に商品や資本、労働力が自由に行き来する自由貿易経済圏を確立しようとしています。これらの地域は旧ソ連のGDPの86%に相当します。プーチンはここにウクライナを加えることをねらっていたのですが、それは今回の危機でわからなくなっています。
中国は、シルクロード経済ベルト構想をいうものを持っています。これは、中国の新疆ウイグル自治区からキルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンへと続きます。中国は2、3年前から、ウズベキスタン、トルクメニスタン、カザフスタンからパイプラインで石油や天然ガスを輸入しています。そして、これらの国にむけて鉄道や高速道路を通す構想を持っています。
5月の中露首脳会談で習近平とプーチンは、ロシアとしては中央アジアに中国が進出してくることがおもしろくないわけですが、この地域のお互いの利害が対立しないようにすすめて行くことを合意しています。
すでにSCO(上海協力機構)という、中国、ロシア、ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタン、キルギスの6カ国が正式メンバーで、インド、パキスタン、イラン、トルコ、モンゴルなどがオブザーバー参加しているユーラシアを緩やかに束ねる地域協力機構があります。こうした動きとNATO、EUの東方拡大との対立になってきています。
これらは、ウクライナ危機の前からの動きではありますが、ウクライナ危機でこうした対立がより鮮明になってきたと思います。
とりわけ私が注目しているのは、ロシアから中国への天然ガスの30年間で4000億ドル(約40兆円)という大規模輸出の合意です。これは数年間交渉していましたが、料金面で折り合いがついていませんでした。それをこの時期、おそらくウクライナ危機でロシア側が譲歩したのではないかと思いますが、合意に至りました。いわば、石油、天然ガスの中ロ・エネルギー同盟です。こうしてロシアと中国の関係も深まる状況にあります。
3、クリミア編入の意味
クリミア半島のロシアへの編入は、国際法上は大きな問題があります。ウクライナとロシアは国境を画定していましたので、それをロシアが覆すことになります。
しかし、もう一つ別の面を考えなければなりません。それは、クリミア自治共和国がウクライナから分離してロシアに入りたいという自決権の問題もあります。主権国家の「領土保全」という原則と「民族自決権」という原則のせめぎあいでもあります。
プーチンは、欧米が支援したNATO空爆下でのセルビアからのコソボの独立を例にあげて、クリミアの独立・編入も同じ理屈だと正当化しています。
コソボはセルビア共和国の自治州で、アルバニア人が多数をしめていました。ユーゴスラビア解体の際、コソボ自治州が独立しようとし、それに反対したセルビアが力でもってやめさせようとし、それに対してNATOが空爆を行って独立を助けたのです。そして欧米各国はコソボを独立国家として承認しました。コソボ独立を強行した欧米がクリミアの編入を非難するのはダブル・スタンダードだというのが、プーチンの論理です。
一方ロシアは、ウクライナの政変でセバストポーリの黒海艦隊基地の確保に危機感をいだきその確保を維持することをねらっていました。しかし、ウクライナ・ロシア国境画定・基地貸与条約、ウクライナの核兵器廃棄の際の安全・国境保障協定に違反しています。またロシアは、「固有の領土」回復と言ってロシアナショナリズムを鼓舞する機会ともしました。
国連では、総会決議なので実効性はないのですが、クリミア編入無効という国連決議が193カ国中賛成100、反対11、棄権58で採択されました。しかし、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)のうちロシアを除く国々は棄権し、イスラエルも棄権しました。イスラエルの場合は、クリミアのユダヤ人をウクライナの反ユダヤ極右勢力から守る必要があるとの思いからではないかと考えられます。
4、G7とBRICS
ロシアに対する欧米各国の制裁は、これまでは政府高官の入国を禁止するなどというあまり実効性のないものでしたが、7月からはロシアの金融機関やエネルギー会社に対する海外資産の凍結とか、各国での活動の禁止などがすすめられています。それに対してロシアは、欧米各国の農産物輸入の1年間禁止などで対抗しています。これらがどのような影響を与えるのかも注意していく必要があります。
例えば、北朝鮮に対する制裁は、核兵器を廃棄する、ミサイル発射を許さないということで、理由は明確で、国連安保理で決議が行われ、実行されています。
これに対して、マレーシア航空機撃墜に関係している疑いがあるとか、ウクライナの不安定化に関与している疑いがあるとか、曖昧な理由で対ロシア制裁を行うということは、経済的影響ももちろんですが、根拠として問題があるのではないかと思います。
ロシアは、G8から事実上追放されてG7となっています。これでロシアは孤立化しているなどとアメリカ政府は言っていますが、いまや欧米各国や日本などのG7だけが世界ではありません。
いまBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の結束が強まっています。中国、ロシア、インドはかねてから関係を強めていてSCO(上海協力機構)の中心的存在です。この機構は、“公正で民主的な世界の政治経済秩序を求める” と重要なことを言っています。
このことは、アメリカを中心とする世界銀行やIMF(国際通貨基金)の行ってきたワシントン・コンセンサス、つまりアメリカのものの考え方がグローバル・スタンダード(世界標準)というあり方、発展途上国をG7の影響下におくという考え方に対する明確なアンチテーゼを意味しています。それがBRICSに生まれているのです。
BRICSは世界人口の42%を抱えており、GDPは2000年頃には世界の7%程度だったのが今日21%を占めるに至っています。アメリカのある調査機関は、BRICSのGDPは2020年代半ばにはG7を追い越すのではないかと言っています。そして7月15日には、世界銀行に対抗してBRICS新開発銀行(資本金500億ドル、外貨準備基金1000億ドル)を設立しました。今後、大きな意味でG7vsBRICSという構図が世界政治の舞台で鮮明になっていくのではないかと思います。
5、展望は・・・・「辺境」か「架け橋」か
ウクライナとロシアは、宗教的、文化的、歴史的に、つながった関係にあります。ロシアで「母なる都」と言えばキエフなのです。キエフ・ルーシ公国時代(10~12世紀)がいまのロシアの起源です。いまのモスクワのもとになったモスクワ公国が誕生したのは14世紀です。10世紀に今のトルコのイスタンブール(かつてはコンスタンチノープル)が東ローマ帝国の首都でした。この東ローマ帝国のキリスト教をキエフ・ルーシが取り入れてロシア正教が生まれるのです。こうした歴史的背景があります。
みなさんは、ロシア料理というとそのなかにはボルシチを思い浮かべると思います。ところがボルシチのもとはウクライナ南部の料理なのです。このように、ウクライナとロシアは密接な関係にあるのです。
ロシアにはウクライナ出身の市民は多く、ウクライナでロシア語を母語とする市民も多数います。また、ウクライナにとってロシアは最大の貿易相手国であり、最大のエネルギー供給源であり、最大の債務国です。
こうしたもとでEUだけにたよる国づくりをしようとすれば無理がある、失敗するだろうと思います。
ロシアとウクライナは兄弟国と言われますが、その兄弟とは戦前の日本の兄弟のようであり、長兄が絶対優位の関係なのです。ですから、ウクライナでは、ロシアに対しての不満、反発がゆっくりと「曲げられた小枝」(反発すればその勢いは激しい)のようになっていたのです。ウクライナの「クライー」は、ロシア語でもウクライナ語でも「端」とか「辺境」という意味の形容を表します。
私は、ウクライナはEUの「端」でも、ロシア世界の「端」でもなく、双方の「架け橋」になり得る地政学的位置にあると思います。ここにウクライナの発展の展望があるのではないかと思います。
そのためにも今回のウクライナ危機は、停戦を実現し、外部からの干渉を取り除いて話し合いで政治的に解決してほしいと思います。
(了)