堀江則雄のブログ ユーラシアの風 -10ページ目

堀江則雄のブログ ユーラシアの風

ユーラシアの各地で起きていることについて思っていることを書き連ねる。

下斗米伸夫著

『プーチンはアジアをめざす』

 ロシアの歴史的転換

 ロシアが21世紀に入って、「脱欧入亜」路線をとり、「ユーラシア大国」として復活しつつある――その内実とそれを主導しているプーチン大統領の戦略を分かりやすく解き明かしている。クレムリン内外の人脈に通じている著者だけに、素材も豊富だ。



 ウクライナ問題を契機として、ロシアは欧米と対立してアジア志向を強めているのではなく、ロシアを大国として復活させるプーチンのユーラシア戦略が経済的、政治的に東方シフトを強めているのだ、という。ウクライナ危機はその動向に拍車をかけているのだ。

 それが国際政治にどんな変動をあたえるのか、さまざまな角度から解説している。



 こうしたユーラシア戦略の舵を取るプーチンについての「素顔のプーチン」の章が、面白い。

 プーチンの祖父が、晩年のレーニンのコックとして働いたこと、その祖父がロシア正教の古儀式派でプーチンも影響を受けているという。プーチンはレーニン廟を撤去しないとの方針表明の際、聖人の遺体保存はギリシャ正教に由来するロシアの伝統だと語ったという。

 このロシア正教を基盤とした保守主義とキエフ・ルーシ以来の歴史観に基づくユーラシア主義が今日のロシアのアイデンティティの主流となり、プーチンがその代表的担い手になっている。プーチンの高支持率の背景だという。ただ、著者のユーラシア主義についての言及は深くはない。



 著者はプーチンの東方シフトによって、日ロ関係は大きく開かれているとし、領土問題での「引き分け」というプーチンの言明は広い意味を持つと楽観的だ。1855年の日ロ通交条約の際のクリミア戦争、1945年のクリミアでのヤルタ密約による千島列島引き渡し、そしてロシアのクリミア編入をうけた2015年の日ロ交渉――「クリミア」が歴史的に領土問題と結びついていると分析している。



 その関連で、中国が自国の地図で「北方4島」を日本領と明記しているのをロシア領と変更するから、ロシアの地図で尖閣を中国領と明記してとの提案をプーチンは拒否した、という興味深いエピソードを紹介している。



1412月刊行、NHK出版、219p、740+




廣瀬陽子著

『未承認国家と覇権なき世界』

「コソボ」から「ウクライナ」へ

 「未承認国家」という言葉はあまりなじみのない表現である。だが、最近、旧ソ連邦の民族問題などに関連して、よく耳にする。一言でいえば、民族や地域集団が分離独立を宣言して「国家」を形成したものの、国際的な国家承認が得られていない国を指す。「自治以上、独立以下」の国家だ。

 著者によると、「未承認国家」は「領土保全」と「民族自決」の国際法の二つの原則のせめぎあいのなかで主として生まれてきたという。台湾、パレスチナ、北キプロスなども「未承認国家」に組み入れている。

 しかしながら、冷戦後の連邦国家解体のなかで出現したコソボ(セルビア)、ナゴルノカラバフ(アゼルバイジャン)、アブハジア(グルジア)、南オセチア(グルジア)、沿ドニエストル(モルドバ)が主たるテーマである。



 こうした「未承認国家」が生まれた背景、歴史、その国家の内実が現地調査と豊富な資料に裏付けられている。そして。それは単純な大国の横暴、支配ではないのが、興味深い。

 たとえば、南オセチア、アブハジアは大国ロシアがグルジアに圧力をかけて独立させたという通説とは違う歴史を読むことができる。“マトリョーシカ理論“である。ロシア対グルジアのなかからグルジア対南オセチア・アブハジアが出てくる。ロシア大国主義のなかにグルジア大国主義がある。



 「コソボ」がパンドラの箱を開けたという指摘も興味深い。欧米はセルビアからのコソボ自治州独立をNATOによる空爆までして強行した。「領土保全」よりも「民族自決」を優先させたのである。

 プーチン大統領はクリミア編入の際、コソボの実例をあげて欧米のダブルスタンダードを批判し、編入を正当化している。



 現在、ウクライナ東部では政府軍と分離派武装勢力との対立がつづいているが、分離派は「ノヴォ(新)ロシア共和国連合」の創設を宣言している。いわば、「未承認国家」寸前の様相なのである。

 グロバリゼーションが深く進行する世界で多民族国家、国民国家のあり方が問われているのである。



148月刊行、NHK出版、313p、1400円+税




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ユーラシアの新たな統合。EU型めざす

「ユーラシア経済連合」発足

ロシア、カザフスタン、ベラルーシ、アルメニア4カ国

 201511日、広大なユーラシア地域の新たな統合をめざす「ユーラシア経済連合」が発足した。将来的にはEU(欧州連合)と同じような経済、政治統合を柱とする地域共同体への発展をめざしている。ユーラシア地域にとって、歴史的な一歩と言える。同時に、ソ連解体後初めてのロシア主導による国家連合への動きであり、地政学的な波紋を広げそうだ。

製品、資本、労働力の経済圏

 ロシア、カザフスタン、ベラルーシ、アルメニアの4カ国が加盟国で、キルギス、タジキスタンが当面の加盟候補国になっている。

「ユーラシア経済連合」は、加盟4カ国の間で製品・商品の自由、資本、労働力、サービスの移動の自由が保障され、共通インフラの建設、経済・金融政策での協調を誓約した地域共同体である。

加盟国の主権が一部委任される超国家的な常設機関が設立され、国連に登録されて国際的な法的資格をもった経済連合である。かつてのEEC(欧州経済共同体)のようなものだが、統一通貨をもち政治的にも統合されたEU型をめざすとしている。

加盟4カ国で経済規模、つまりGDPは総計で23000億ドル(約250兆円)にのぼり、工業生産量は15000億ドルになる。日本のGDPは約4兆ドルだから、かなり大きな規模の地域共同体だ。

GDPでは、ロシアが2兆2600億ドル、カザフスタンが1775億ドルと石油・天然ガスの大きな産出国である両国の経済規模がずば抜けているのが、注目される。

統一関税を設定して大幅に下げ、最終的には撤廃することで、商品・製品の流通を増加させ、資本投下や金融の自由化、労働力の移動やサービスの自由化によって、ユーラシア、そして加盟国の経済発展を刺激しようという狙いである。

さらに、加盟国の産業・経済政策の調整または共通政策の実施も行われる。電力、天然ガス、石油での共同市場の形成、交通・運輸機関の共同、金融分野、農業分野での共通政策を2025年までに行うとしている。

最終的には通貨制度の調整、金融市場の創設も課題になっている。統一通貨としては、カザフスタンは「ユーラス」を提起しているが、ロシアは「ルーブル」に固執しているとされる。対外関係の支払い通貨としては「ソル、ユーロ」は使用しない方向で合意しつつある。

この点で強調されているのは、加盟国は国家主権を完全に保持しながら、政策調整を行ない、加盟国が対等な権限であらゆる決定が行われるとしている。

また、対外関係にも積極的で、「ユーラシア経済連合」は中国、インド、EU、ベトナムなどと「自由貿易地域協定」の締結の可能性を模索するとしている。

対等な国家連合めざす・・・

こうした経済統合のための常設機関が設置されている。加盟国首脳がメンバーのユーラシア経済最高評議会が最高決定機関で、ユーラシア経済委員会がEUの欧州委員会のような経済行政を担う。同委員会には、加盟国副首相で構成する理事会が設置され、21の「省庁」が各分野の実務を取り仕切る。行政執行で問題が起きる場合に備えて共同裁判所も置かれる。

いわば、加盟国の国家機構の上に経済分野での統治機構ができることになる。さらに政治分野を含めた政治・経済の統合をめざす動きも強まっている。「ユーラシア連合」構想である。

「ユーラシア連合」構想はユーラシア各国の国家連合をめざすもので、90年代からカザフスタンのナザルバエフ大統領が提唱してきた。ユーラシア経済共同体の結成の動きもあったが、本格的なものにはならなかった。

それが本格化したのは、プーチン大統領のユーラシア戦略の始動からである。12年に大統領に復帰したプーチンは、「ユーラシアのための新統合プロジェクト」として「ユーラシア連合」を打ち出した。これは「現代世界の多極の一つ」になるとし、「欧州とダイナミックなアジア太平洋地域を効果的に束ねる役割を果たす」としている。

いわば、EUと並び立つ地域の国家連合を志向しているのだ。今回の「ユーラシア経済連合」の発足は、その大きな一歩と位置づけている。

この国家連合はほぼ旧ソ連の版図内になるが、プーチン大統領は「ソ連の復活ではない」、「対等な統合だ」と強調している。ただ、旧ソ連時代のインフラ、経済構造、社会文化などの共通した“遺産”はこの統合に有益だと述べている。

「関税同盟」、「統一経済圏」を経て

20101月、ロシア、カザフスタン、ベラルーシ3カ国が「関税同盟」を結成し、共通関税率を設定し、相互の関税率を下げて、貿易を活発化させた。

これを踏まえて3カ国は20121月、「統一経済圏」を結成した。資本、労働力・サービスの移動を自由化させて、経済統合を発展させた。

20145月、3カ国は「ユーラシア経済連合条約」に調印して、経済統合に大きな弾みをつけた。同年10月にアルメニアがこの条約に調印して加盟国になり、4カ国による「ユーラシア経済連合」が151月、発足する運びになったのである。そして、プーチン大統領はこの「経済連合」を「国家連合」に発展させたいとしている。

キルギス、タジキスタンが加盟候補国として交渉中だが、このほかにトルクメニスタン、ウズベキスタンなどが関心を示している。ロシアはウクライナ、モルドバ、グルジア、アゼルバイジャンも候補国として想定していたが、今回のウクライナ危機によって困難になっている。


ウクライナ、モルドバ、グルジア3か国の現政府はNATO・EU加盟の方針を隠していない。このままいけば、旧ソ連の領域にNATO・EUと「ユーラシア国家連合」の二つの陣営が並び立つことになりまねない。それはポスト冷戦の終焉を示すだけでなく、その地政学的波紋は大きいだろう。

(了)




ウクライナで何が起きているのか


                            堀江則雄

はじめに

 ウクライナとは、ロシアの南西に接し、南は黒海やルーマニアなどと、西はポーランドなどと、北はベラルーシと接しています。面積は日本の約1・5倍で、人口は5000万弱。おもな産業は製鉄と農業で、重大爆発事故を起こしたチェルノブイリ原発のある国です。

 ロシアによるクリミア半島編入など、いまマスコミをにぎわしている国ですが、何がどのように起きているのかをお話ししてみたいと思います。

 その前提として私の立場について3点ふれたいと思います。駐日ウクライナ大使の伴侶はロシア人です。このことが示すように、スラブ系のウクライナとロシアとの関係は密接で、同胞と言ってもいいものです。ですから、第1に同朋の殺し合いはやめるべきだということです。話し合いによって民主的に解決するということです。第2に、1991年にソ連が崩壊してウクライナが独立した後、EUNATOに援助を求め、ロシアにも援助を求めるなど、自立した国づくりができてきませんでした。ここに今日の問題の根源があると思いますので、自主独立の国づくりが必要だという立場です。第3に、外部から介入をしてはならないということです。

1、ウクライナ危機の経緯

 ウクライナは独立したときから、国内の東側と西側の対立の問題や、EU・アメリカとロシアとの貿易・経済関係など、いろんな問題を抱えていたわけですが、それが昨年11月に破局的な事態としてあらわれました。

 昨年11月、ヤヌコビッチ大統領がEUウクライナ経済連携協定の調印を延期したことが発端となりました。それに加えてヤヌコビッチ政権の腐敗や経済の破たんなどがあり、反ヤヌコビッチ政権のデモが広がりました。

 そして第1段階で起きたことが「マイダン革命」というものです。マイダンというのはウクライナ語で「広場」という意味です。首都キエフの中心街に独立広場という場所があります。その広場を4~5000人々がテントを張り、泊まり込んで占拠しました。中心街ですから政府庁舎などもあり、そこを人々が占拠していきました。こうして反政府デモが盛り上がっていきますが、そのなかで極右勢力が入り込み、勢力を強め、その多くが武装勢力となり暴徒化しました。100人以上の市民がこのなかで死亡しています。 

2月21日、政府と野党が、大統領選挙を前倒しすることに合意し、それまでの間は国民連合政府を樹立して運営していくことに合意しました。この合意は、直接その政府代表が交渉に参加したフランスやドイツ、ロシアの後押しがあってできたものです。しかし翌日、極右勢力が暴力でヤヌコビッチ大統領を追放します。

 大統領追放のあと、極右勢力の暫定政権ができます。これが第2段階となります。

 暫定政権は、西部を中心に州政府を右派勢力に変えていきます。また、地方でロシア語も公用語とすることを認めるとしていたのですが、それを取り止めウクライナ語だけを公用語とすることとしました。これの持つ意味は、例えばクリミアでは70%の人がロシア人で、帝政ロシア以降、ウクライナの東部にはロシア語を母語とする人はたくさんおり、国の東側と西側との対立を激化させます。

こうしたなか、3月16日、クリミアの独立住民投票が行われ、賛成が90%以上となり、同月18日にロシアがクリミアを連邦に編入します。

第3段階は、反マイダン運動の巻き返しです。東部のドネツク、ルガンスク両州で分離派武装勢力(親ロシア派)が州政府・治安機関の庁舎などを占拠します。これらは、右派勢力が西部でやってきたことの巻き返しとしてすすめられました。この地域は、帝政ロシア時代からロシアが支配し、スターリン時代に工業化をすすめた地域で、石炭と鉄鉱石で大きな製鉄産業をつくっていました。ですからロシアの影響の強い地域です。5月11日、分離独立派が両州で住民投票を行い、「ノボ(新しいという意味)ロシア」といって独立を宣言しました。そして、5月25日の大統領選挙ではポロシェンコ氏が当選します。

以後、第4段階となります。ポロシェンコ大統領は、当選の際に停戦することを提案しますが、東部2州を支配している分離派武装勢力の武装解除を前提としていました。しかし、これが受け入れられないとなると、7月には空爆と砲撃による本格的な掃討作戦を展開するようになります。こうしたなか、マレーシア航空機撃墜事件が起きました。これについては、真相はまだはっきりしていませんが、いずれにしても政府軍が同胞に対して攻撃を激化させ、分離派武装勢力との本格的な戦闘にエスカレートさせたなかで起きた悲劇だったと言えるのではないかと思います。こうしたなか、EU、ロシア、OSCE(全欧安保協力機構)などが入って何度も停戦が合意できそうになるのですが、なかなか最後までいかない状況で激しい戦闘がつづいてきました。

国連機関の報告によると、こうした戦闘で9月末までに市民を含む3700人の死者が出て、数十万人の市民が難民として国内各地やロシアに避難しています。

ウクライナ政府と分離派武装勢力が9月5日、停戦合意しました。両者の合意は初めてのことで、捕虜釈放、大型兵器の戦闘地域からの撤去などともに、東部2州への「自治権」付与が盛り込まれました。これをうけて、東部2州には、3年間の「特別な地位」が保障されることになりました。

ウクライナ危機の大きな転換点になるものです。だがその後、分離派が2州の議会選挙と指導者選挙を独自に行い、「ノボロシア」の政治体制づくりに踏み出すと、ウクライナ政府は強く反発し、事態の打開にはいたっていません。

2、背景に何があるのか

国民が形成できていない

 まず第1に指摘したいのは、ウクライナは国家(state)は形成したけれども、国民(nationは形成できていないということです。stateは、国家機構。政府、議会、司法、軍隊、警察、中央銀行などです。しかし、「自分たちはウクライナ人である」、ウクライナ人というアイデンティティができていないのです。

 東部は、17世紀から帝政ロシアの一部になっていました。一方、西部は第2次世界大戦で併合されたのです。スターリンとヒトラーによるポーランド分割などの秘密交渉によってソ連が領土とし、ウクライナに併合したのです。もともとこの地域はドニエプル川で東西に分かれていて、言語は東部はロシア語、西部はウクライナ語、宗教はともにロシア正教ですが西部はカソリック系など、文化が違っているのです。そしてキエフなど中部は今日、それぞれが入り混じった状況になっています。

 実際、ウクライナを東西に横断したことがありますが、東部は、工場、集合住宅など街の作り方は旧ソ連型のロシアの地方都市と同じでした。一方、西部はポーランドと変わらない風景となります。こうした事態ですからアイデンティティの確立は困難な状況です。

 ウクライナは、1991年にソ連の崩壊で独立する前、ロシア革命で帝政ロシアが崩壊した1917年から1922年のソ連邦が形成されるまでの間に独立した時期があるだけです。しかし、1917~18年は第1次世界大戦の末期で、ドイツ軍が占領していたり、反占領闘争があり、赤軍が占拠したりと、混乱のなかにあって、まともな国家運営はできていませんでした。また、西部はかつてナチスに協力した民族主義グループのバンデラ派が支配し、100万人のユダヤ人を虐殺し、反ソ武装闘争の歴史もある地域です。それが今日の極右勢力に直接つながっているとは必ずしも言えないかもしれませんが、そういう土壌のある地域なのです。

 独立後も、こうした頭部と西部の違い、対立を国民統合に向かわせるのではなく、逆に、親EUとか親ロシアとかいった対立を激化させる政治がつづいてきました。

経済破綻と激しい政争

 ウクライナの2012年のGDPは、驚くべきことにソ連崩壊・独立直後の混乱のなかの1992年の84%しかないのです。

 1992年当時の経済は大混乱の時期でした。当時、モスクワに住んでいた私のロシア人友人の貯金が6万ルーブルになって、彼はこれで自家用車が買えると喜んでいたのですが、スーパーインフレで1年たったらパン2斤しか買えないという状況になってしまいました。これほど混乱していた時期よりも、今日のウクライナはGDPが少なくなっているのです。

旧ソ連が崩壊して15の独立国家ができましたが、ウクライナ経済が最低です。ほかの国はGDPがすべて増えています。ロシアは、2000年頃まではもたもたしていましたが、いまは4倍になっています。ウクライナの国民1人あたりのGDPはロシアの4分の1です。平均給与は、ロシアは日本円に直すと約6万3700円ですが、ウクライナは約2万7000円。年金は、ロシアは月2万4700円ですが、ウクライナは1万4100円です。ロシアには最低限のものですが、一応、国民健康保険がありますが、ウクライナにはありません。こうした国民的な経済破綻が、武装闘争とか武力戦術などが支持される背景にあることは見逃せないと思います。

また、ですからクリミア住民の多くがロシアへの編入を認めたのです。実際、3カ月後には年金が2倍になりました。

 ウクライナの累積債務は1400億ドル、その内、短期債務が650億ドル。一方、外貨準備高は100億ドル台で、債務不履行になろうとしていたのでEUに援助を求めましたが、EUもギリシアやスペインなどの問題をかかえており本格的に援助できるような状況にありませんでした。そこでロシアに援助を求めると、プーチン露大統領が130億ドル貸与するということになって、EUとの連携協定を延期してロシアとの関係を深めるようになりました。これが、「はじめに」でふれた今日の危機の発端となった昨年11月の出来事なのです。

 こうした経済破綻の背景には、クチマ、ユーシェンコ、チモシェンコ、ヤヌコビッチなど歴代大統領の権益争いがあります。例えば、チモシェンコは女性首相でしたが、「(天然)ガスの女王」とよばれていました。ロシアから天然ガスを輸入する際に、国民向けには安く、企業には高く売って、その差額を懐に入れて財を成しました。そうして汚職・腐敗が蔓延していきました。また、石炭と鉄鉱石によって、世界第3位の鉄鋼の輸出国ですが、投資がないので旧ソ連時代からの設備で生産しているため利益があがらない状態にあります。

 また、旧国営企業を安く手に入れるなどソ連崩壊に乗じて財を成したオリガルヒ(新興財閥で、資本主義化の過程で形成された政治的影響力を有する寡頭資本家だ。 “チョコレート王”の異名をもつポロシェンコ大統領もその1人)が生まれ、政府と癒着してきました。

NATO・EUの東方拡大vsユーラシア経済連合

 ワルシャワ条約機構が解体され、東西ドイツが統一される際、ゴルバチョフとブッシュ米大統領との間で、文書は交わしてはいませんが、ブッシュはNATOを東側に拡大することはないと「約束」したと言われていたのですが、実際には東に拡大され、バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)から、チェコ、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリアなど東欧各国がNATO加盟国になりました。そしてこれらの国は、集団的自衛権の行使としてアメリカのアフガン戦争に何百人という規模ですが参加しています。

 米軍の軍事基地や施設が新たに、こうしたNATO新規加盟国に設置されています。また、ポーランドとチェコにはMD(ミサイル防衛)網を作る動きもあります。冷戦後、あまり注目されていませんが、このように米国主導の軍事ブロックが東欧に拡大され、ロシアに迫ってきていたのです。

 これに対しプーチンは、3月18日にクリミアを併合した際の議会で、NATO不拡大の約束は反故にされ、いまや「ロシア世界」(ウクライナ、モルドバ、グルジア)にまで拡大しようとしていると、危機感を明確に示しました。これは、ウクライナ危機に大きな影響を与えていると思います。

 一方、ロシア側からの動きでは、ロシア、カザフスタン、ベラルーシによるユーラシア経済連合(=関税同盟)が2015年1月に発足します。アルメニアとキルギスも加盟する予定で、こうしてロシアを中心に商品や資本、労働力が自由に行き来する自由貿易経済圏を確立しようとしています。これらの地域は旧ソ連のGDPの86%に相当します。プーチンはここにウクライナを加えることをねらっていたのですが、それは今回の危機でわからなくなっています。

 中国は、シルクロード経済ベルト構想をいうものを持っています。これは、中国の新疆ウイグル自治区からキルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、トルクメニスタンへと続きます。中国は2、3年前から、ウズベキスタン、トルクメニスタン、カザフスタンからパイプラインで石油や天然ガスを輸入しています。そして、これらの国にむけて鉄道や高速道路を通す構想を持っています。

 5月の中露首脳会談で習近平とプーチンは、ロシアとしては中央アジアに中国が進出してくることがおもしろくないわけですが、この地域のお互いの利害が対立しないようにすすめて行くことを合意しています。

 すでにSCO(上海協力機構)という、中国、ロシア、ウズベキスタン、カザフスタン、タジキスタン、キルギスの6カ国が正式メンバーで、インド、パキスタン、イラン、トルコ、モンゴルなどがオブザーバー参加しているユーラシアを緩やかに束ねる地域協力機構があります。こうした動きとNATO、EUの東方拡大との対立になってきています。

 これらは、ウクライナ危機の前からの動きではありますが、ウクライナ危機でこうした対立がより鮮明になってきたと思います。

 とりわけ私が注目しているのは、ロシアから中国への天然ガスの30年間で4000億ドル(約40兆円)という大規模輸出の合意です。これは数年間交渉していましたが、料金面で折り合いがついていませんでした。それをこの時期、おそらくウクライナ危機でロシア側が譲歩したのではないかと思いますが、合意に至りました。いわば、石油、天然ガスの中ロ・エネルギー同盟です。こうしてロシアと中国の関係も深まる状況にあります。

3、クリミア編入の意味

 クリミア半島のロシアへの編入は、国際法上は大きな問題があります。ウクライナとロシアは国境を画定していましたので、それをロシアが覆すことになります。

 しかし、もう一つ別の面を考えなければなりません。それは、クリミア自治共和国がウクライナから分離してロシアに入りたいという自決権の問題もあります。主権国家の「領土保全」という原則と「民族自決権」という原則のせめぎあいでもあります。

 プーチンは、欧米が支援したNATO空爆下でのセルビアからのコソボの独立を例にあげて、クリミアの独立・編入も同じ理屈だと正当化しています。

 コソボはセルビア共和国の自治州で、アルバニア人が多数をしめていました。ユーゴスラビア解体の際、コソボ自治州が独立しようとし、それに反対したセルビアが力でもってやめさせようとし、それに対してNATOが空爆を行って独立を助けたのです。そして欧米各国はコソボを独立国家として承認しました。コソボ独立を強行した欧米がクリミアの編入を非難するのはダブル・スタンダードだというのが、プーチンの論理です。

 一方ロシアは、ウクライナの政変でセバストポーリの黒海艦隊基地の確保に危機感をいだきその確保を維持することをねらっていました。しかし、ウクライナ・ロシア国境画定・基地貸与条約、ウクライナの核兵器廃棄の際の安全・国境保障協定に違反しています。またロシアは、「固有の領土」回復と言ってロシアナショナリズムを鼓舞する機会ともしました。

 国連では、総会決議なので実効性はないのですが、クリミア編入無効という国連決議が193カ国中賛成100、反対11、棄権58で採択されました。しかし、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)のうちロシアを除く国々は棄権し、イスラエルも棄権しました。イスラエルの場合は、クリミアのユダヤ人をウクライナの反ユダヤ極右勢力から守る必要があるとの思いからではないかと考えられます。

4、G7とBRICS

 ロシアに対する欧米各国の制裁は、これまでは政府高官の入国を禁止するなどというあまり実効性のないものでしたが、7月からはロシアの金融機関やエネルギー会社に対する海外資産の凍結とか、各国での活動の禁止などがすすめられています。それに対してロシアは、欧米各国の農産物輸入の1年間禁止などで対抗しています。これらがどのような影響を与えるのかも注意していく必要があります。

 例えば、北朝鮮に対する制裁は、核兵器を廃棄する、ミサイル発射を許さないということで、理由は明確で、国連安保理で決議が行われ、実行されています。

 これに対して、マレーシア航空機撃墜に関係している疑いがあるとか、ウクライナの不安定化に関与している疑いがあるとか、曖昧な理由で対ロシア制裁を行うということは、経済的影響ももちろんですが、根拠として問題があるのではないかと思います。

 ロシアは、G8から事実上追放されてG7となっています。これでロシアは孤立化しているなどとアメリカ政府は言っていますが、いまや欧米各国や日本などのG7だけが世界ではありません。

 いまBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)の結束が強まっています。中国、ロシア、インドはかねてから関係を強めていてSCO(上海協力機構)の中心的存在です。この機構は、“公正で民主的な世界の政治経済秩序を求める” と重要なことを言っています。

 このことは、アメリカを中心とする世界銀行やIMF(国際通貨基金)の行ってきたワシントン・コンセンサス、つまりアメリカのものの考え方がグローバル・スタンダード(世界標準)というあり方、発展途上国をG7の影響下におくという考え方に対する明確なアンチテーゼを意味しています。それがBRICSに生まれているのです。

BRICSは世界人口の42%を抱えており、GDPは2000年頃には世界の7%程度だったのが今日21%を占めるに至っています。アメリカのある調査機関は、BRICSのGDPは2020年代半ばにはG7を追い越すのではないかと言っています。そして7月15日には、世界銀行に対抗してBRICS新開発銀行(資本金500億ドル、外貨準備基金1000億ドル)を設立しました。今後、大きな意味でG7vsBRICSという構図が世界政治の舞台で鮮明になっていくのではないかと思います。

5、展望・・・「辺境」か「架け橋」か

 ウクライナとロシアは、宗教的、文化的、歴史的に、つながった関係にあります。ロシアで「母なる都」と言えばキエフなのです。キエフ・ルーシ公国時代(1012世紀)がいまのロシアの起源です。いまのモスクワのもとになったモスクワ公国が誕生したのは14世紀です。10世紀に今のトルコのイスタンブール(かつてはコンスタンチノープル)が東ローマ帝国の首都でした。この東ローマ帝国のキリスト教をキエフ・ルーシが取り入れてロシア正教が生まれるのです。こうした歴史的背景があります。

 みなさんは、ロシア料理というとそのなかにはボルシチを思い浮かべると思います。ところがボルシチのもとはウクライナ南部の料理なのです。このように、ウクライナとロシアは密接な関係にあるのです。

 ロシアにはウクライナ出身の市民は多く、ウクライナでロシア語を母語とする市民も多数います。また、ウクライナにとってロシアは最大の貿易相手国であり、最大のエネルギー供給源であり、最大の債務国です。

 こうしたもとでEUだけにたよる国づくりをしようとすれば無理がある、失敗するだろうと思います。

 ロシアとウクライナは兄弟国と言われますが、その兄弟とは戦前の日本の兄弟のようであり、長兄が絶対優位の関係なのです。ですから、ウクライナでは、ロシアに対しての不満、反発がゆっくりと「曲げられた小枝」(反発すればその勢いは激しい)のようになっていたのです。ウクライナの「クライー」は、ロシア語でもウクライナ語でも「端」とか「辺境」という意味の形容を表します。

 私は、ウクライナはEUの「端」でも、ロシア世界の「端」でもなく、双方の「架け橋」になり得る地政学的位置にあると思います。ここにウクライナの発展の展望があるのではないかと思います。

 そのためにも今回のウクライナ危機は、停戦を実現し、外部からの干渉を取り除いて話し合いで政治的に解決してほしいと思います。


(了)





「ノヴォロシア」とNATO拡大

 ウクライナ東部で、“未承認国家”が生まれようとしている。

 停戦合意後も政府軍と分離派武装勢力による戦闘が散発しているウクライナのドネツク、ルガンスク両州で11月、独自の議会選挙と「元首」選挙が行われた。

 9月のウクライナ政府と分離独立派による停戦合意で両州は、「3年間の特別な地位」を認められたが、あくまで大幅な自治権の容認だった。だが、今回の選挙はこの枠組みを超えて、事実上の国家としての政治体制を形成するためのものである。

 5月の両州での分離独立派による住民投票で、「ドネツク人民共和国」、「ルガンスク人民共和国」が宣言されていたが、この議会・「元首」選挙をうけて、「ノヴォ(新)ロシア共和国連合」が樹立されたとしている。


 現在のところ、ロシアを含めてどの国も「ノヴォロシア」を国家承認していないが、いわゆる「未承認国家」への道を踏み出したと言える。ソ連解体後、こうした国家として沿ドニエストル共和国(モルドバ)、アブハジア共和国(グルジア)、南オセチア共和国(同)などが生まれている。そして、20年以上も存在しているのだ。

 いずれもロシアが背後で支援しているのだが、“かいらい国家”とは断言できそうにない。


 こうした国家が存在感を増したのは、NATO(北大西洋条約機構)空爆下でのセルビアからのコソボ自治州の独立だった。アルバニア人が多数を占めるコソボの独立を、セルビアを空爆して脅しながら欧米各国がすすめた。コソボは未承認国家の一つになったのだが、これがパンドラの箱を開けることになった。プーチン大統領は、クリミアの編入にあたって、このコソボ独立の例を挙げて、正当化。米国や欧米各国によるロシア非難をダブルスタンダードだとしている。

 ウクライナ危機をはじめとして、このような未承認国家の出現の背後に、NATOの東方拡大があることは間違いない。

 08年のグルジア紛争で、ロシア・グルジア両国軍が衝突、南オセチアやアブハジアが独立国家を宣言したのは、米国がグルジアのNATO加盟を提案したときだった(フランス、ドイツの反対で棚上げ)。

 この時には、米国はウクライナ、モルドバもNATO加盟候補国としていた。


 ウクライナ政府は11月の連立政権発足にあたって、「非同盟」の外交方針を捨てて、NATO加盟を目指す方針を正式決定している。

 振り返れば、冷戦後、東西対立はなくなったものの、米国主導の軍事ブロックであるNATOは拡大に次ぐ拡大である。チェコ、スロバキア、ポーランド、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、スロベニア、アルバニア、クロアチアそしてバルト3国が新規加盟した。そしてウクライナなど“ロシア世界”に迫っているのだ。これら加盟国は米国によるアフガン戦争に集団的自衛権の発動として派兵し、自国内に米軍の基地や施設を新たに設置している。


こうしたNATO拡大の狙いは何か――多くの議論を呼ぶところである。東西冷戦の軍事対立は解消したはずだ。それなのに何故――プーチン大統領がロシアの安全保障に危機感を抱いているのは間違いない。ウクライナ危機や未承認国家の出現の背後には、それがある。だが力と力の対抗という構図は、真の平和をもたらさないだろう。



(了)