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ムーちゃんワールド

Hiroyuki Muto Blog

2019.5.19

 

 5月19日SUNは令和になって最初の満月(月齢14.2)の夜です。少し薄い雲がかかっていますが、何とかお月様が顔を出してくれました。ベランダに望遠鏡を持ち出して満月を眺めました。夜空を観ると元気が出ます。

 

 午後八時頃が飛行機の離陸航路と月が交差する時間帯なので、満月バックのシルエットを狙ってみました。風が強くて鏡筒が揺れて少しピンボケですが1機だけ何とか捉えることができました。望遠鏡にアダプタで取り付けたiPhone7で撮っています。(望遠鏡:Vixen ポルタII A80Mf)

 

《飛行機のシルエットを狙う》

飛行機のジェットの跡が見えた

色の温度を下げてみると、映画ETのタイトルバックのような幻想的な写真になります

 

 

mu@pc_umejima

memento mori

2019.5.3 FRI

 

 元会社の大先輩T氏と元同僚K氏と私の3人でGWの真ん中5/3に千葉県富津市の鋸山(のこぎりやま)をハイキングしてきました。先輩がちょっと高齢(82歳)の為、車力道(しゃりきみち)をゆっくり登山です。

 

《内房線の浜金谷駅ホーム連絡橋の上から鋸山の全景を望む》

 

 

 浜金谷駅から歩き始めるとすぐに「鋸山観光協会」案内所がありハイキングマップが貰えます。「車力道コース」か「関東ふれあいの道コース」が推奨で他の登山道を選ばないようにと注意されました。(了解!です)

 

【鋸山_車力道】 ハイキングマップの解説より

鋸山[乾坤山(けんこんざん)]では、江戸後期から大正期まで金谷石(房州石)を切り出し、建設材として江戸(東京)方面や関東一円に出荷していました。明治時代の産出量は年間51万本(1本80kgの石材)もありましたが、昭和60年を最後に石切の歴史は幕を閉じました。

 「石を切るのは男の仕事」、「石を運ぶのは女の仕事」となっていたようで、ねこ車に3本(240kg)の石を乗せて麓まで山道を運搬したのは車力と呼ばれる女性たちだったそうです。驚きます。

 

《車力道にに入る》

《山上部の石切場まで山道が続きます》

登り始めて1時間ほどで両側に石切の跡の壁が現れます。なかなか楽しい登山道です。

《吹抜け洞窟、岩の回廊》

《見上げると、登山の目的地「地獄覗き」の岩が見えます》

《岩舞台(石切場跡)》

《「ラピュタの壁」と言われているところらしい、展望が素晴らしい》

 ゆっくり登って2時間、「日本寺北口」に到着。登山道は終了、ここからは「日本寺」の境内となり有料です。

《百尺観音: 交通安全の守り本尊》

 今日の目的地である山頂展望台に到着。ロープウエイで上がって来た人たちと合流したので大混雑、「地獄のぞき」で写真を撮るため1時間待ちの大行列でした。

《「地獄のぞき」高所恐怖症の身としてはちょっと恐いです》

《「地獄のぞき」から見下ろした景色、よって地獄ということになります》

登山の目的を達成です。大仏広場まで長い階段を下って、お弁当を食べました。

《石大仏: 総高31m、日本最大の石仏らしい》

 

 さて復路、先輩もお疲れのようなので、ロープウエイ山頂駅までの登り階段はきつい。人出がすごいので待ち時間もかかりそうだ。「日本寺東口」で下からタクシーを呼ぼうとしましたが、山の下の道路が連休の大渋滞で来てくれません。仕方がないのでJR保田駅まで表参道を1時間歩いて降りました。

 

 まとめ: 鋸山は東京からはちと遠い。登山道は岩の回廊と東京湾の遠景が素晴らしく、なかなか面白いところでした。でもやっぱり連休は避けたほうがいいな。 

 

mu@pc_umejima

2019.5.8 WED

 

 RccマウントのKさんと2人で秩父の『両神山』に登って来ました。両神山は2人とも初めて、コースは両神山荘の横から登る最も一般的な表参道ルート(日向大谷コース)を選択しました。東京をam5:30に出発し、秩父郡小鹿野町の両神山駐車場まで車で2時間10分で到着です。登山口までバスも通っていますが、林道のような狭い道の運転は対向車に要注意です。

 

**(data)**************************************************

『両神山』 :  日本百名山、花の百名山

    標高        1,723m

    ルート標高差   1,067m (日向大谷登山口標高656m)

    累積標高差  +1,527m/-460m

    コース長       11.4km (5.7km×2=11.4km)

    標準歩行時間  上り 3hr30min  下り 2hr50min

    難易度パラメータ 中級(難易度 ☆☆  体力 ☆☆)

**********************************************************

【5月8日登山結果】

 日向大谷登山口 am 8:20     日向大谷登山口 pm15:40    

  ↓(1.5km)               ↑

 会所         am 8:48      会所        

  ↓(2.4km)               ↑

 清滝小屋      am10:24      清滝小屋     

  ↓(1.1km)               ↑

 両神神社       am11:18      両神神社       

  ↓(0.7km)               ↑

 両神山山頂     am11:59   →  両神山山頂     pm12:40     

         上り  3hr30min            下り 3hr00min

         (途中休憩30min含む)       (途中休憩30min含む)

 

 山頂近くまで森の中を行く、新緑が美しかった。急斜面の滑りそうな細い道を進み、渓流を何度も横切り、沢の石の上を渡る、岩のガレ場を歩き鎖場の急登をよじのぼる、上に登るほど険しくなってくる体力勝負の変化に富んだ登山道でした。残念ながら開けた稜線歩きはありません。長丁場で苦しいですが、山好きには楽しい山です。

 

 山頂の大きな岩の上に立つと一気に大展望が広がりました。澄み切った青空の下、富士山、八ヶ岳、南アルプス、遠く北アルプス、浅間山・・・と少し雪をかぶった名峰が皆顔を出してくれました。山頂でのおにぎりの昼食は最高でしたね。

 

 登山道は比較的良く整備されています、案内板もちゃんとしていました。道を間違える心配はないですね。テーブルとベンチがコースの随所にあり一休みの時に助かります。岩場の山頂が少し狭いのは仕方がないですね。トイレは登山口と清滝小屋(なんと洋式水洗です)にあります。水場もコースの丁度良いところに「弘法の井戸」という水飲み場が有り(冷たくて美味しい水でした)補給に心配なしでした。こういうのは助かります。

 

日向大谷口鳥居_

 会所(分岐点)

薄川沿いコースはきれいな渓流を何度も横切る

弘法の井戸_

外見立派な清滝小屋、現在避難小屋のようです

両神神社、イザナギノミコトとイザナミノミコトの両方の神を祀る

       犬歯がすごい狛犬はニホンオオカミだそうです

”ミツバツツジ”だと思います

山頂直下の垂直岸壁の鎖場(危険な感じではありません)

両神山山頂に立つ”mu”

富士山が頭を出しています

南アルプスの山々遠景

大きな浅間山が近くに見えます

山頂は快晴で清々しい

”シャクナゲ”が咲いていました

「花の百名山」選定の理由と言われる”ニリンソウ”

無事下山、疲れました_

(コースの写真モデルはKさんです、ありがとう)

 

両神山登山終了、帰路の途中にある「星音の湯」という温泉に立ち寄りました。さっぱりして最高の気分、ビールは家に戻ってからです。

 

おしまい。

 

mu@pc_umejima

 

 

2019.3.30 SAT

 

 この日は日帰りで北関東の5城を廻るツアーでした。(注)

   「鉢形城跡」(日本百名城)

   「忍城」(続・日本百名城)

   「唐沢山城跡」(続・日本百名城)

   「足利氏館・鑁阿寺(ばんなじ)」(日本百名城)

   「沼田城址」(続・日本百名城)

桜のベストシーズンに廻るとサブタイトルが付いていましたが、今年は桜の開花が遅くてまだソメイヨシノの花は咲いていない状況でした。

 

『鉢形城跡(はちがたじょうしあと)』 (1城目)埼玉県寄居町

 鉢形の地に戦国時代に作られたお城で堀や土塁が残っていて(復元?)曲輪も確認できます。お城としては地味に感じてしまい、深沢川の渓谷や土塁のカタクリの花やエドヒガンの方が印象に残ります。

《深沢川渓谷》

《エドヒガン、愛称「氏邦桜」だそうです》

《土塁のカタクリ群生》

 

『忍城(おしじょう)』 (2城目)埼玉県行田市

 忍城は小説「のぼうの城」の『忍の浮城』として一躍人気になりました。戦国時代の北条氏支配下だったお城です。明治になって廃城、戦後はずっと野球場になっていました。その後、昭和63年に本丸の跡地に御三重櫓などが再建されました。しかし、昔の城の遺跡は石垣だった数個の石だけのようです。少し寂しい。

 《忍城櫓の石垣だったという、残っている石》

《鐘楼》

《東門》

《御三重櫓》

《あずま橋と御三重櫓の写真スポット》

 

 

『唐沢山城跡(からさわやましろあと)』 (3城目)栃木県佐野市

 佐野氏が標高242mの唐沢山山頂を本丸として築いた城です。もともとは土塁が広がっていたようですが、400年前の安土桃山時代に作られた高さ8mを超える高石垣が今も残っています。野面積みの石垣は何とも素晴らしい。

 《大手虎門の石垣》

《城の大手道》

《本丸高石垣》

《本丸跡に創建された唐沢山神社》

《天狗岩の上》

 

『足利氏館_鑁阿寺(ばんなじ)』 (4城目)栃木県足利市

 鑁阿寺を初見で「ばんなじ」と読める人はまずいないでしょう。「鑁」は馬につける飾りを意味する難しい漢字です。(いかにも武家らしい)

 鑁阿寺は有名な足利学校のすぐ近くにあります。お寺なんですが、正方形の水堀と土塁に囲まれた鎌倉時代の「武士の居館」ということで日本百名城にも選定されています。石垣や櫓や天守といった戦国時代以降のお城とは全然イメージが異なりますね。室町幕府を開いた尊氏の足利一門の氏寺としての顔と武家屋敷としての顔を持つ珍しくも貴重なお城なんですね。

 《足利学校、今回は素通りです》《鑁阿寺の山門、内部より》

京都のお寺の山門のようです。

《鑁阿寺本堂》

 本堂は国宝です。屋根の御紋は3つ、左から「五七桐紋」、「菊の御紋」、「足利二つ引紋」という何か凄い組み合わせで、足利将軍家の先祖の寺の証だそうです。本堂の他にも、広い鑁阿寺の敷地の中にはたくさんの建物があり、格調高い文化財の宝庫ですね。

《経堂(一切経堂)、国指定重文》

《天然記念物の大銀杏と多宝塔(県指定文化財)》

《仁王門と太鼓橋》

《足利尊氏像》

 

『沼田城址』 (5城目)群馬県沼田市

 利根川と薄根川の合流点、河岸段丘の台地に位置する丘城であり、

川の崖を利用した崖城でもあります。戦国末期から真田信幸の支配城でした、かつては五層の天守も建てられたこともあったそうです。

 

《西櫓跡と名木「御殿桜」、樹齢400年のヒガンザクラ》

 残念ながら「御殿桜」の花はまだ咲いていませんでした。木はすごいので、花が咲いたら壮観でしょうね。

《真田信幸と妻の小松姫の像》

《復元された鐘櫓》

鐘櫓は復元ですが、鐘は真田信吉が鋳造させたオリジナルの「城鐘」だそうです。

《本丸跡発掘現場》

 

まとめ

・今回の北関東5城は全部初めて訪れる城でした。崖城、浮城、山城、武家屋敷、丘城とそれぞれの地形や時代を反影したバラエティに富むお城群で十分楽しめました。でも一日で5城廻るのは超効率的ですが忙しくて少々やりすぎの感です。

・3月末で、満開の桜の花とお城のコラボをイメージした旅でしたが、今年は桜の開花が遅くソメイヨシノはまだ咲いていませんでした。また生憎の曇り空で(午後には雨も降り出した)肌寒く天候にも恵まれませんでした。自然には勝てませんね、残念。

・一番印象に残ったのは唐沢山城跡の石垣ですね。400年以上前の古城でありながら野面積みの高石垣は珍しく、荒々しくも美しい。上杉謙信を何度も撃退し悩ませた難攻不落の城だった事がよくわかります。本丸回りの雰囲気も素晴らしいですね。

 

 

mu@pc_umejima

memento mori

 

(注)

Trapics コース番号 33961AB

「桜舞う 北関東5つの名城めぐり」

 

2019.3.27 WED

 

 東海城めぐり二日目、この日は「浜松城」(続日本百名城)と「掛川城」(日本百名城)と「小山城跡」(こやまじょうせき)

を廻ります。

 

『浜松城』(5城目)

 若き家康が戦国時代を戦い生き抜いてきた居城の浜松城。出世城とも言われています。また、生涯最大の敗戦「三方ヶ原の合戦」で武田信玄に敗れ命からがら逃げ帰ったのもこの城です。この時の城は今日観られる立派な石垣ではなく、まだ土塁だったと伝えられています。

戦国時代に作られた自然石の野面積み(のずらづみ)の石垣は一見スカスカで崩れそうですが、実際には強固で400年の風雪に耐えて残っています。素晴らしい。

《野面積みの解説》

突角部には長方形の石材を、小口と側面が交互になるように配した算木積み(さんぎづみ)法を用いている。石垣の斜面は直線的。

《天守より三方ヶ原を望む》

北側のNHK浜松局(紅白のアンテナが立つ)の手間が三方ヶ原、意外と近い。

《三方ヶ原合戦敗北後に描かせた自戒の自画像》

曲輪の石垣から天守を望む。復元された模擬天守ですが、今年は再建60周年だそうです。

《浜松城天守曲輪と天守門(左)、築城当時のまま残っている》

天守曲輪の石垣と天守台の石垣は素晴らしい、感動しますね。

《若き日の家康像》

 

 

『掛川城』(6城目)

 天正18年(1590年)天下平定を成し遂げた秀吉は掛川城に山内一豊を配置しました。一豊は城の拡張や整備を行い掛川城に初めて天守閣を作りました。1854年、安政の東海大地震で天守閣など大半が崩壊し再建されることなく維新を迎えました。天守閣は平成6年(1994年)に木造で再建されました。

《山内一豊像、高知城の像と似ています》

《天守閣より掛川の街が一望》

《天守閣より御殿を望む》

御殿は藩の公式式典の場、藩主の公邸、政務を司る役所の機能を持った施設です。現存する城郭御殿は4つと言われています。高知城と川越城には本丸御殿が、二条城とこの掛川城には二の丸御殿が残っています。

《御殿正面玄関》

《御殿入口》

《御殿内部》

《御殿から天守閣を望む》

藩主の気分になれる所です。

 

『小山城』(7城目)

 武田信玄が遠江を攻略する足がかりとして築かれた城です。天守閣があった事実はなく、物見台があった場所に1987年に犬山城をモデルに模擬天守を立てたのがこれ、立派ですが単なる鉄筋コンクリート製の展望台です。

武田四天王の馬場信春が縄張り(設計)を行った平山城として知られています。展望台から望むと、武田氏独特の築城法であると言われる馬出と三日月堀がよくわかります。

《廓の模型より》

《三重の三日月堀》

 

まとめ

 2日間で7城を廻るツアーでしたので少し急ぎ足でしたが、こういうツアーでないと、なかなか行くチャンスはない城もありました。大きな城、古い小さな城跡にもそれぞれに歴史と特徴があり見るべきところはいろいろありますね。今回は二俣城址の天守台の石垣と浜松城の天守曲輪、天守台の石垣が一番印象に残りました。野面積みの石垣は良いですね。

 復元した天守や櫓や曲輪でも当時の城の全体像を想像できて楽しくなります。内に入ると。当時の城を守る侍の気持ちにちょっぴりタイムスリップできるところも城めぐりのよいところ。日本のお城はやはり美しく、日本人の琴線に触れるところがありますね。

 

mu

 

(注)

Trapicsツアー  コース番号 45161983

”桜咲く東海7つの城めぐりと大井川鐵道SL列車”