城を楽しむ_浜松城と掛川城と小山城 | ムーちゃんワールド

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Hiroyuki Muto Blog

2019.3.27 WED

 

 東海城めぐり二日目、この日は「浜松城」(続日本百名城)と「掛川城」(日本百名城)と「小山城跡」(こやまじょうせき)

を廻ります。

 

『浜松城』(5城目)

 若き家康が戦国時代を戦い生き抜いてきた居城の浜松城。出世城とも言われています。また、生涯最大の敗戦「三方ヶ原の合戦」で武田信玄に敗れ命からがら逃げ帰ったのもこの城です。この時の城は今日観られる立派な石垣ではなく、まだ土塁だったと伝えられています。

戦国時代に作られた自然石の野面積み(のずらづみ)の石垣は一見スカスカで崩れそうですが、実際には強固で400年の風雪に耐えて残っています。素晴らしい。

《野面積みの解説》

突角部には長方形の石材を、小口と側面が交互になるように配した算木積み(さんぎづみ)法を用いている。石垣の斜面は直線的。

《天守より三方ヶ原を望む》

北側のNHK浜松局(紅白のアンテナが立つ)の手間が三方ヶ原、意外と近い。

《三方ヶ原合戦敗北後に描かせた自戒の自画像》

曲輪の石垣から天守を望む。復元された模擬天守ですが、今年は再建60周年だそうです。

《浜松城天守曲輪と天守門(左)、築城当時のまま残っている》

天守曲輪の石垣と天守台の石垣は素晴らしい、感動しますね。

《若き日の家康像》

 

 

『掛川城』(6城目)

 天正18年(1590年)天下平定を成し遂げた秀吉は掛川城に山内一豊を配置しました。一豊は城の拡張や整備を行い掛川城に初めて天守閣を作りました。1854年、安政の東海大地震で天守閣など大半が崩壊し再建されることなく維新を迎えました。天守閣は平成6年(1994年)に木造で再建されました。

《山内一豊像、高知城の像と似ています》

《天守閣より掛川の街が一望》

《天守閣より御殿を望む》

御殿は藩の公式式典の場、藩主の公邸、政務を司る役所の機能を持った施設です。現存する城郭御殿は4つと言われています。高知城と川越城には本丸御殿が、二条城とこの掛川城には二の丸御殿が残っています。

《御殿正面玄関》

《御殿入口》

《御殿内部》

《御殿から天守閣を望む》

藩主の気分になれる所です。

 

『小山城』(7城目)

 武田信玄が遠江を攻略する足がかりとして築かれた城です。天守閣があった事実はなく、物見台があった場所に1987年に犬山城をモデルに模擬天守を立てたのがこれ、立派ですが単なる鉄筋コンクリート製の展望台です。

武田四天王の馬場信春が縄張り(設計)を行った平山城として知られています。展望台から望むと、武田氏独特の築城法であると言われる馬出と三日月堀がよくわかります。

《廓の模型より》

《三重の三日月堀》

 

まとめ

 2日間で7城を廻るツアーでしたので少し急ぎ足でしたが、こういうツアーでないと、なかなか行くチャンスはない城もありました。大きな城、古い小さな城跡にもそれぞれに歴史と特徴があり見るべきところはいろいろありますね。今回は二俣城址の天守台の石垣と浜松城の天守曲輪、天守台の石垣が一番印象に残りました。野面積みの石垣は良いですね。

 復元した天守や櫓や曲輪でも当時の城の全体像を想像できて楽しくなります。内に入ると。当時の城を守る侍の気持ちにちょっぴりタイムスリップできるところも城めぐりのよいところ。日本のお城はやはり美しく、日本人の琴線に触れるところがありますね。

 

mu

 

(注)

Trapicsツアー  コース番号 45161983

”桜咲く東海7つの城めぐりと大井川鐵道SL列車”