蛇かロープか | 心理カウンセラーかめちゃんのブログ

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霧島と沖縄と代官山で3拠点生活しながらセミナー講師しています。2021年までは鹿児島でヨガスタジオを経営してました。2022年セミナー講師業で5億円を売り上げました。セミナーの様子をYouTubeで配信しています。

怖れにとらわれているとき、どんな出来事も怖れに見えます。
 
 
有名な例え話、「道に迷った暗がりのジャングルで、ロープを蛇と間違えて怯える」ではありませんが、現れる事象に対して心は悪い方向へ、自分を脅かす方向へと"解釈"するのです。
 
 
そうは言っても、怖れにとらわれてしまったとき、それをロープだとすぐに見破るにはどうしたらいいのでしょうか。
 
 
僕自身もいまだに答えが見えていませんが、体験したパターンから言えること。
 
 
それは、
 
 
「自ら、蛇(のように見えるもの:怖れの象徴)に向かって歩いていく」
 
 
ということです。
 
 
ロープを蛇だと思って、ビビって引き返せば、その人の世界には、蛇が実在したことになるのです。
 
 
蛇に向かって突っ込んでいったとき、ロープだとわかり、蛇は実在しなかったことがわかるのです。
 
 
自分の世界に、蛇を創り出すのも、ロープを創り出すのも自分の心次第だということがわかります。
 
 
自分自身に関して言えば、蛇に突っ込んでいく生き方をすればいいとしても。
 
 
厄介なのは、自分に近しい他人が、自分のことを「蛇」扱いしてきたときです。
 
 
つまり、こちらの言動を怖れて、コントロールしようとか、変えようとしてくるときです。
 
 
「お前の言動に見える蛇(怖れ)を見たくないから、お前の言動を変えろ」
 
 
という他人からのコントロールにどう対処してくのか。
 
 
しかも、このコントロールして来ようとする他人というのは、コントロールの源に、その人自身の怖れがあることを決して認めようとしないものです。
 
 
その代わりに、「お前のためだ」とか「お前が心配だ」とか言ってくるわけです。
 
 
こちらにできることとしては、その圧力に屈しない力強さを備えることくらいでしょう。
 
 
つまり、その相手のコントロールの中に見える自分の蛇(怖れ)
に突っ込んでいくのです。
 
 
その相手にコントロールされたところで、一体何を怖れる必要があるのでしょうか。
 
 
世界は、自分次第だというのに。
 
 
僕らは守られているというのに。
 
 
奇跡の中で、すべては起きているというのに。
 
 
蛇(怖れの幻)に怯えてるすべての人に向けて、そして何より、蛇に怯えている自分自身に向けて書いてみました。
 
 
人生は続きます。
 
 
zazen