「中立的だ、と思いました。過剰でもなく、過少でもなく、中立的でした。」
今日、久しぶりに会ったクライアントさんからもらったフィードバック。
中立的。
自分が、ネガティブに振れたり、ポジティブに振れたりしたその先にあった世界はそれでした。
その世界は深みを持って続きます。
中立的かどうかすら、気にしない中立さ。
ただその瞬間にとどまり続ける中立さ。
出来事に、善い悪いをつけない中立さ。
愛をベースにした中立さ。
二極の世界であることに変わりはないこの世界。
ハムスターがリールをグルグル回るように何かを追い求めて生きることもできます。
でもゲームは進行するものです。
追い求める自分に気づきつつ、すべてを手にしてる自分にも同時に気づくことができるとしたら。
「パパ、そんなに夜仕事しないで!」
3歳の次女はさっき僕にそう言いました。
僕のエゴは大人気なく反論しました。
「サラリーマン時代と比べたら、どれだけ仕事しないでいると思ってるんだ!今日仕事しないと、回らないんだよ!」
自分に聴いてみました。
「それは本当ですか?」
少しだけ静かになりました。
でもまだ自分のエゴの声は続きます。
「だって、あれもやってないし、これもやってないし、時間があるなら、あれもやりたい、これもやりたい。」
もう一度聴きました。
「それは本当ですか?」
声は聴こえなくなりました。
ほっといたら「何かの準備」で一日を終わらせようとするその声へ、優しく声をかけました。
僕がセミナーやワークショップでいつも参加者に言うメッセージです。
「しなければならないことは何もないんだよ。」
「してはいけないことは何もないんだよ。」
follow your bliss.
(至福を追求せよ)
しなければならないことが何もないとしたら、何をするんだろう。
してはいけないことが何もないとしたら何をするんだろう。
自分に問いかけると...
それは今晩で言えば、愛する娘と一緒に寝ること。
明日でいえば東京に移動し、会いたい人に会うこと。
明後日でいえば大好きな葉山で仲間とともにリトリートを体験すること。
自由な世界はすでにそこにありました。それなのに何を探し求めて、夜さらなる仕事をしようとしていたのだろう。
3歳の次女の声は、僕のハイアーセルフさんあたりからのメッセージだったのでしょうか。
深夜つぶやきおしまいです。
おやすみなさい。
久々に唱えたホオポノポノで
締めたいと思います。
ごめんなさい。
ゆるしてください。
ありがとう。
愛しています。