最近親しくなった友人がふと漏らした言葉。
この、「生きててもしょうがないって何となく小さい頃から思ってた」という感覚。
あまり人に言ったことなかったのですが、結構僕もずっと根強く持っている感覚でした。
※僕はポジティブに見られること多いのですが、結構根っこには、どうにもならないネガティビティを抱えています。
今でもたまに浮上してきます。
もう一人の自分(エゴとか自我とか言われる部分?)からの
「で、生きてて何になるの?」
という身も蓋もない質問。結構詰まります。
愛するためだとか光を照らすためだとか言っても、「ふーん、それで?」と相変わらず手厳しい(ように感じるという意味です)。
成功だとか幸せだとか豊かさだとか。
他の切り口で何を言っても響かない。
ああ、もういいや、と思って深呼吸。
すると苦しめる問いを発するその存在も静かになるのです。
言葉の次元で何をどうしてもダメなことってあると思います。
そんなときは言葉じゃない形で自分と対話して自分を思い出すことがとても大切。
ヨガはその言葉じゃない自分との対話の一つの形とも言えます。
ちなみに冒頭の言葉を発した友人は、僕のヨガクラスを受けてから、ヨガが習慣となり、1ヶ月が経った今では「生きることに希望を持つまでにはいたらないけど、死にたいとは思わない」という状態になったそうです。
ありのままの、すごく正直なシェアをしてくれて、僕も何だかとっても嬉しくて、僕もシェアしたくなったのでした。