二日酔いというよりも、ほんのさっきまで飲んでいた、という状態で9時ごろに起こされた。
シャワーを浴びて着替え。
葬儀は1時からということで、11時に親戚がやってきて食事となった。
懐かしい顔が一杯やってきた。
まるで同窓会のように、「やあ!元気か!」とか「おう!」などと賑やかだ。
葬儀はしめやかに行うべきとは思うが、老齢で亡くなった場合には、家族もちょっと安心していることもあり、こういう雰囲気が多い。
「これが故人が最後に、この世でやる、親戚への善行なんだ」という人がいたが、まったくそうだ。
日頃はなかなか会うことのない親戚が一同に会するのは、確かに故人の人徳であり、最後の善行と言えるかもしれない。
賑やかな昼食は、再び酒宴となり、昨日の酒や寝不足で、葬儀読経でうたた寝をしてしまった。
隣に座る従兄弟が「気の毒に思ったが、イビキをかきそうだったから」と起こしてくれたのはありがたい。
映画館のような広い会場であったが、振り向いてみたら満員になっている。
どこからこんなに人が集まるのだろうかと思うくらい、多くの人が参列している。
老齢の故人ではあっても、必ずもめるのが「仕来り」ということである。
とにかく当家は10人兄弟の末裔であるからして、親戚が多い。
僕の親父は10番目の末っ子であるからして、先輩も多い。
最ももめるのは「焼香順」である。
これは、喪主の側がしっかりとしたポリシーを持って決定しないと、必ずもめる。
「何故、俺があいつの後なんだ」とか、「何故自分は呼ばれないのか」等である。
やっかいなのは、この不満は結構長く持続することである。
次の法事や、別の葬儀ができたときでも、「誰それの葬式の時の焼香順はおかしい!」等と、いきなりぶり返す。
親父の葬式でも、かなり神経を配った覚えがある。
とりあえず、親戚は、兄弟年長の順に、男女関係なく並べて、兄弟に続いて家族を呼ぶことにした。
つまり、4番目のお姉さんが焼香したら、次はその旦那、そしてその子供(高校生以上)。そして次に5番目のお兄さん、その奥様、子供という風に。
大事なのはそのことを、さりげなく本人たちに説明することだと思う。そう!根回しというやつである。
「姉さん、今回はこういう考えで、こういう順番にしようと思うから、お願いします」
「叔父さん、叔父さんは兄弟と違うんで、9番目の姉さんの後になるけど、今回は年齢順やのうて、本家の兄弟順でやりたいと思ってるんで、どうか気を悪くせんとご協力お願いします。でないと、叔父さんを先にしたら、あっちの叔父さんはどうなんねんとか、そうなると混乱するから。」などと根回しをやる。
やっぱり今回も出た。
しかし今回の焼香順は、本当に変だった。
どうもポリシーがないように思える。
喪主が好きな順番にやらせたのかと思うほど、順序に規則性がない。
僕のお袋も呼ばれず、いきなり僕が呼ばれたり・・・・
やっぱり後から、「今日のはなんや!タナカの葬式の時は綺麗に順番で皆が納得できたけど、今日のはなんや!」などと、酒を飲みながらぼやく叔父さんも現れた。
そもそも、日本の葬式と選挙は、映画になるくらい世界の常識からみると不思議なものだが、田舎はもっともっと仕来りがあって難しいものなのである。
しかし、故人はどこへ行ってしまったのだろうか・・・?
みんな、何のためにここへ集まったのかを考えれば、そんな仕来りなど、どうでもいいと思えると思うのだが・・・
昨日のお通夜と今日の葬儀の参列者は、約800名であったと、発表があった。