<Marathon des sables2017 サハラマラソン/世界一過酷な銀婚旅行>
4/9~15の7日間サハラ砂漠を250キロ走る『世界で最も過酷なウルトラマラソン』の一つ。
昼間は40℃前後(時に50℃)の暑さと極度の乾燥に晒され、夜は5℃まで下がる寒さ。
さらに、極めて小さい粒子の砂と闘いながら、4/9~4/15・7日間で250キロを走る。
レース中の<食料・着替え/ウエア・寝袋/食器>等、スタート時に用意した生活用品全てを
自分で背負って走らなければならない。
主催者から提供されるのは<水・塩タブレット>と、現地ベルベル人が建てるテントのみ。
<ステージレース>なので毎朝スタート・夕方ゴールし、その総合タイム・順位を競う。
朝・夕、自分で火をおこし、食事を作ってテントで寝る。
第4~5日目に、約80キロを夜通し走る<オーバーナイトステージ>が最大の難関。
結婚25周年を記念して、このレースに夫婦で参加します。
スタート二日前の4/7(金)、パリからのチャーター便がお昼前<ワルザザード空港(モロッコ)>に
着くといきなりの『サハラ時間』にショック!
チャーター便のため、乗客は全てサハラマラソンの出場者100数十人なのに入国審査が進まない…
隣りの部屋なので見えないが、前の人の話しでは審査官が昼食に行っちゃったらしい。
「…そうゆう所なのね、こりゃ大変だ。」
「ビバークではいっぱい行列で待たされるよ」と聞いてはいたが、まだビバークじゃないじゃん。
※ ビバーク:レース中の宿泊地
さて次は、ワルザザード空港からビバークへ向かって五時間半のバス移動。
乗って2時間、木も生えてない荒野の風景がず~っと続きます。 …村も家もない。
すると突然、その風景のど真ん中で停車し、ランチが配られ<おしっこタイム>
男はその辺でいいものの、女性は遥か彼方まで行ってしゃがんでいる。
「ここに来てる女性は、もう覚悟ができてるんだなぁ」 と感心します。
嫌と言うほど揺られた後道路から下りて、荒野に建つ<黒と白のテント>のエリアに入ります。
3列の<Cの字型>に並んだ黒いテントが選手であり、スタッフの白いテントがその外に建ちます。
約1200人の選手のテントは約170張りで、日本人51人のテント7張りはC字内列の一番右端。
スタッフテントにも近く最もいい場所で、一張りに男女混合で6~8人入ります。
テント前後は開けっ放し、埃だらけの絨毯が1枚敷いてあるだけ、風が吹けば砂まみれ。
レースが始まれば毎日ビバークは移動するも、テントの場所とメンバーは同じ。
その日は夕食までに、明日預ける荷物・提出書類と、レース用リュック・装備の整理。
到着した4/7の夕食と、翌日の朝・昼・夕食はビュッフェ形式で供給されビールも出ました。
明後日(第1ステージ)の朝食から、自分の食料を食べます。
翌4/8(土)は、荷物預け・書類(診断書・心電図)提出・リュックの重量計測・ビーコン取り付け。
ここから8日間、持っている装備・衣類・食料のみ(この日の夕食までは出る)で過ごします。
夕食を食べればする事もなく、みんな8時頃には寝てしまいます。
夜明け前はとても寒く、ダウンの寝袋にすっぽり入り顔部分を閉じても隙間風が寒い。
でも、とても寒かったのはこの夜だけで、以後は比較的暖かい日が続きました。
4/9(日)朝4時頃、明るい月と星・黒い地平線を見ながらウ○コ。
世界一雄大なトイレにチョット感動。
さあ、今日はいよいよスタート、どうなるのか…
(続く)
〖先週のトレーニング〗
04/16(月):↓サハラマラソン(パリ)
17(火):↓サハラマラソン(パリ)
18(水):↓サハラマラソン・帰国
19(木):バイク:40分(スピニング)
20(金):休み
21(土):ウエイトトレーニング
22(日):バイク:70分(ローラー台)
〖腰痛・膝痛 さいたま市北区,ふく山接骨院,福山眞弘〗