福井県芦原ゴルフクラブ海コースにおいて、2023年日本女子オープンが開催される。
そこから車で20分ほど走ると片山津ゴルフ倶楽部がある。2015年の今大会が開催された場所だ。その時は3人プレーオフの末惜しくも敗れた菊地絵理香。
あれから8年、今年こそ悲願の女子オープン制覇へ。
初日を-2、18位Tとステディなスタートとし、2日目に10バーディ・2ボギーという異次元のビッグスコアを叩き出して、原英莉花を一気に抜き去り首位に立つ。
3日目はその原英莉花とのツーサムだ。(以下、菊地選手を絵理香、原選手を英莉花と表記する)
この日、長いパットがことごとく決まった英莉花が4つ伸ばしたのに対し、絵理香は炎のパーセーブ連発でスコアをキープ。絵理香が首位の英莉花を1打差で追う形で最終日を迎えることになった。
両選手どんな思いで最終日の朝を迎えたのだろう。きっと大きく息をはいて部屋の扉を開けたことだろう。
絵理香のティショットが静寂を歓声に変えて、最終日最終組がスタート。今日も英莉花とのペアで、泣いても笑っても残り18ホールだ。
序盤にイーグルを奪うなど昨日の勢いが続く英莉花に対して、しぶとくパーを拾ってチャンスを伺う絵理香。前日と同じような展開で試合は進んでいく。
それでもフロントは2バーディ。ここまではまだ力が残っていた
今日の英莉花はほとんどミスがない。唯一8番でバンカーがあったが、完璧なリカバリーで楽々パーをゲットしている。
一方絵理香には9番と13番でチャンスが訪れたが、そのバーディパットはカップに届かなかった。
これまでの絵理香のパットは神経を使うものばかり。体はもちろんメンタルもいっぱいいっぱいになっているのが容易に想像できる。13番のこのバーディ逸は、ここまで張り詰めていた緊張の糸をぷつんと切らせてしまったかもしれない。
次の14番、右に出てしまったティーショットが猛烈なラフ(服部道子曰く、これでパーで上がれたら120点!)に捕まる。ところが、そこから奇跡のパーセーブ。絵理香の緊張の糸はまだきっちり張りつめたままだ。
14番のアプローチ。奇跡のパー
15番パー5、絵理香のティーショットは14番に続き右へ出て、バンカーに入ってしまう。体力も限界を超えていてボールが捕まってくれないのだ。
2打目は出しただけ、グリーンエッジまで残り約200ヤード、しかもアゲンストだ。今の絵理香では3オンは限りなく難しい。
さっきの14番ですでに奇跡カードは使ってしまったし、相手の英莉花は得意のロングホール、確実にバーディをとってくるはずだし……。
何とかなってほしい、ただそう祈るだけだった。
そこでまさかの2度目の奇跡がおきる。
絵理香の渾身のフルショットがアゲンストを切り裂いて、200ヤード先のグリーンを捉えたのだ。
一体その小さな体のどこにそんな力が残っていたのか。
もはや絵理香は心だけでプレーしているのだろう。そしてグリーンに向かうその背中がこう言っている。
「まだ終わってないよ」
その神々しい後ろ姿が、私の目からどっと涙をあふれさせた。
絵理香の背中を目で追い、そして全身全霊をかけて祈る。
「神様、どうかこのパットだけは……。」
だが残酷にも、このバーディパットもカップにボールは届かなかった。
あのパットが届かなかった時、こんな表情だったんだ
15番、英莉花は予定通りバーディ。これで2人の差は3打に広がった。
そして迎えた16番、絵理香はこの試合何度となく見せてくれた炎のパーセーブで、英莉花のボギーを待つ。
この英莉花のパーパットは正視できなかった。これが入ってしまうことが、どれだけ大きな意味を持つか、分かっていたからだ。
そして、今日の英莉花はやはり崩れなかった。
ここで絵理香、わずかに微笑む。
あ、笑った……。
投了、かな。
「16番、英莉花ちゃんがあのパーパットを入れた時に、もう厳しいなと思いましたね。」
どんな物語にだって終わりが必ずくるように、絵理香と英莉花のマッチプレーはフィナーレを迎えようとしていた。
3打差のまま英莉花が逃げ切り、2度目の女子オープン制覇。通算5勝のうちメジャーが3勝という、いかに英莉花がメジャーに愛されているかわかる。
今日の英莉花には絶好調の山下でも勝てなかったはずだ。それほど完璧な内容だった。そこに最後まで食らいついた絵理香のプレー(このピンチだらけの最終日、なんとノー・ボギー!)は多くの人たちの心に刻み込まれたことだろう。
なんと、なんと尊いのだろう
飛距離で置いていかれても、長いパットが入らなくても、決して乱れず、静かに青い炎を心に燃やして、自分のプレーに徹して、集中しすぎてスコアを数え忘れたって、11歳も年下で16cmも長身の選手になんとか抗おうとするその姿は、絵理香を応援してきた者として、とても誇らしかった。
拍手をする手が止まらない。感覚が無くなるまで、なんなら手がちぎれてしまうまでいつまでも讃え続けたかった。
“感動した”なんていう言葉では、この試合を評価するにはあまりに足りない。自分の語彙力の無さに心底腹が立った。
絵理香選手、心の入った最高のプレーを見せてくれて本当にありがとう。そして心からおつかれさまと伝えたい。
それから、このゲームの勝者英莉花選手のことも讃えなければならない。腰の手術に踏み切った5月のある日に、本人のインスタグラムに貼られた写真が忘れられない。この手術はまれに失敗することもあるそうで、今までのようにクラブを振ることができなくなる可能性も示唆されていたのだ。それを踏まえての決断だったわけだが、写真の表情には明らかに不安が垣間見えた。
しかし手術はうれしいことに大成功、3ヶ月後、8月のmeijiカップでのスピード復帰が叶った。
英莉花選手、完全復活おめでとう。今大会はスケールの大きい素晴らしいゴルフだった。今日のゴルフをされては誰も勝てない。
しかし、絵理香サイドの人間としては「復活優勝、今週じゃなくてもよかったのに」と思ってしまうのだ。
そのくらいの憎まれ口は、今日だけはどうか許してほしい。
まるで劇場にいたかような4時間。
間違いなく今季JLPGAツアー最高の試合だった。
長身の英莉花が体を折って絵理香と健闘を讃えあうハグ。この後、絵理香はいつもより少し長い時間、スタンドからの声援に手を上げて答えていた。
「前の組とけっこう空いちゃったので走ってくださーい」
最終日のあの緊張感の中、こんなほのぼのしたシーンがあったのだ。しかもなんだかリンクコーデのふたり
この試合が終わってしばらく経ってから、あの15番で涙が吹き出した自分がこわくなり、絵理香選手を愛する度数は私の数百倍と思われる、ゆかり先輩に質問をしてみた。
「絵ちゃん(陰では菊地選手をこう呼ぶ)のどの部分に私たちは感動しちゃうんでしょうか」
すると、ゆかり先輩は少し間をおいて
「必死なところ、一生懸命なところ、ここぞって時にものすごいパワーを出すところ……。うーん、うまい言葉が見つからないんだけど、ひと言でいうなら “ひたむきさ” かな」
脇目も振らずに一途に………、あ、まさしくこれ。
あの女子オープン、最終日ノー・ボギーだったことを絵理香選手自身が知ったのはホールアウト時、と言っていたのを聞いて、え、そんな事あるのかな。と思っていたのだが、あれは本当にだったんだ。
私があの日、あの背中に見たのは、ひたむきさ。
菊地絵理香が私たちを魅了してやまない理由に、名前がついた。
2023.12.7.22:22 了
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