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 現在北杜市では議会が開かれています。そこに「18歳・22歳北杜市民名簿を防衛省に提供しないでください」という請願書が出されています。これについてはわたしも、昨年11月の市長選挙に当たって上村市長と結んだ政策協定の内容の一つであったことから、昨年12月以来市長と話してきました。そして先日、この問題についての報告を市長に手渡せていただきました。

 英明な市長はわたしの指摘を理解され、「北杜市による自衛隊への個人情報提供については議会の議決に従う」と言われました。以下は市長に渡した報告です。

 

北杜市による自衛隊への個人情報提供について

 

はじめに

 2016(平成28)年から、北杜市は市内の18歳と22歳のすべての個人情報をみずから作成して自衛隊に提出しています。一方多くの自治体では、18歳や22歳の適齢者情報の「閲覧」に止め、自衛隊にそのデータを積極的に「提供」まではしていません。2017年に防衛省が全自治体に実施した募集状況に関する調査では、全国の市町村のうち、住民基本台帳の閲覧に止めたのが53%の931自治体、名簿を提出したのが36%の632自治体、残る約10%は小規模自治体などで防衛省が情報提供を求めていません。

 これについては、2019年2月10日の自民党大会で安倍前首相が、市町村の6割以上が隊員募集に協力を拒否しているとして、それを改善するために憲法を改正して自衛隊を正面から明記すべきだと発言し、物議を醸しました。

 上村市長は憲法第九条の改正に反対されています。自治体が適齢者の個人情報を自衛隊に提供しないことは、国に対して非協力だと非難されなければならないことなのでしょうか。以下では、北杜市の自衛隊への個人情報提供の諸問題を検証し、それに対する市の採るべき判断について述べることとします。

 

1.住民基本台帳法上の問題――「閲覧」と「提供」の差違

 住民基本台帳法(住基法)第11条は、国による住基データの「閲覧」を認めています。防衛省は、この規定によって入手した個人情報(氏名、住所、生年月日、性別の4情報)を基に募集を行ってきましたが、いつの頃からか閲覧を超えて「提供」を求めるようになってきました。しかし、住基法第11条で規定されている「閲覧」を「提供」にまで膨らませることは、法的に問題があります。住基法第11条には、国または地方公共団体の機関が、法令で定める事務の遂行のために必要である場合に限って、市町村長に対し、住民基本台帳に記載されている個人情報のうち「氏名・生年月日・性別・住所」の4情報の写しの〈閲覧〉を認めると書いてありますが、これを超えてより積極的な「(個人情報の)提供」までも認める規定は存在しないからです。

 

2.北杜市個人情報保護条例上の問題

 次に、自衛隊隊員募集と北杜市が制定している個人情報保護条例との関係です。北杜市個人情報保護条例は、個人情報保護のために、個人情報の利用及び提供の制限として、実施機関による個人情報の目的外利用を禁止しています。「実施機関の長は、法令等に基づく場合を除き、利用目的以外の目的のために保有個人情報(保有特定個人情報を除く。以下この条において同じ。)を自ら利用し、又は提供してはならない。」(第8条)

 自衛官募集に関して問題になってくるのは、北杜市が自衛隊の要請に基づいて住基台帳のデータの一部を「提供」することが、「法令等に基づく場合」に該当するのかどうかです。自衛隊法第97条及び同法施行令第120条によっているので、提供には法令の根拠があるというのが政府の主張です。

  しかしそれについては、これから見るように、自衛隊に対する適齢者情報の提供に関して「法令等に基づく」と言えるのか、疑問です。

 政府によって情報提供の法的根拠とされているのは、次の自衛隊法第97条とそれを受けた同法施行令第120条です。

 「都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う。」(自衛隊法第97条)

 「防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。」(自衛隊法施行令第120条)

 ①まず自衛隊法第97条1項により、自衛隊募集業務は市町村の法定受託事務とされていますが、同条は市町村長が行う募集事務内容を具体的に定めるものではなく、例えばポスターの掲示や資料の備置等、さまざまな事務遂行の方法が考え得る下で、プライバシーや個人情報保護に抵触する恐れのある適齢者情報の提供という特定の事務遂行方法を根拠づけるものではありません。

 ②次に自衛隊法施行令第120条は、防衛大臣が市町村長に対して資料の提出を求める旨定めていますが、同条のような、いわゆる「できる」規定に基づく提供は、北杜市個人情報保護条例第8条でいう「法令に基づく場合」には該当しません。自衛隊法施行令第120条は、防衛大臣の協力要請を根拠づけるものに過ぎず、防衛大臣の要請に対し自治体が応じなければならない「義務規定」はありません。

 事実、同条による資料提出要請について、2003年4月23日衆議院・個人情報の保護に関する特別委員会において、宇田川政府参考人は「市町村長に対しまして適齢者情報の提供を依頼しているところでありまして、あくまで依頼でございます。」石破防衛庁長官(当時)も「市町村は法定受託事務としてこれを行っておるわけでございます。私どもが依頼しても、こたえる義務というのは必ずしもございません。」と答弁していて、あくまで依頼に過ぎず市町村長にこたえる義務がないことは確立した政府解釈です。法定受託事務は、法律・政令による「委任」によりはじめて地方公共団体が処理することができることになるので、「依頼」によるものついては、市町村は断ることができるのです。

 また、自衛隊法施行令は国会が制定した法律ではなく、内閣の判断で制定できる政令に過ぎません。本来、法律の施行に当たっての細目的事項を定める下位法規である政令に、法律による授権の範囲を超えた定めをおくことは許されません。自衛隊法施行令第120条は、同法97条の施行を目的とするものですが、97条本体に個人情報の提供に関する定めがないのに、施行令により広範な個人情報の提供が認められるというのは解釈上無理があります。施行令第120条による個人情報の提供は同法97条の授権の限界を超えるものです。

 以上により、自衛隊に対する個人情報の提供は、「法令等に基づく場合」には該当しておらず、北杜市個人情報保護条例に違反していると言えます。

 ただ、問題は北杜市個人情報保護条例第8条2(3)「他の実施機関、国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人に保有個人情報を提供する場合において、保有個人情報の提供を受ける者が、法令等の定める事務又は業務の遂行に必要な限度で提供に係る個人情報を利用し、かつ、当該個人情報を利用することについて相当な理由のあるとき。」についてどのように考えるべきか、ということです。ここで言う「相当な理由」がある場合とは、大規模災害や、現実に日本が他国から侵略を受け、国民の生命・身体・財産等の利益や国家の基本的な設備や組織、国土等が具体的に危険にさらされているような緊急状況においては、公共の利益のために個人の権利が事前にしかも包括的に制限されることが許されるという趣旨です。したがって、この「相当の理由」というのは、個別具体的で一般に緊急性を要するような理由であるとか、明らかに公益性を優先するような場合でなければならないと考えられます。適齢者情報を市町村長が積極的に提供することは、自衛隊の隊員募集についての事務・経費の軽減に過ぎず、条例における個人情報の目的外利用を許容する理由としては薄弱です。

 

おわりに

 以前から自衛隊には住基台帳の「閲覧」は許可されてきたのであり、「提供」が許可されなかったとしても募集業務に特段の不都合が生じるとは考えられません。同じく国民の安全、国土の安全に携わっている海上保安庁や警察、消防職員などの募集についてはされていないのに、どうして自衛隊の募集に個人情報が提供されるのか。構成員の募集の手段として、住基データを包括的に収集し、個別にダイレクトメール発送するなどということを行っているのは自衛隊だけしかなく異質な方法であると言えます。

 国と地方自治体の関係は、1999年に地方分権一括法が制定されて以降は対等となっており、防衛省からの請求・依頼に応じなければならない法的義務はありません。自治体側が、自衛隊側からの名簿提供の求めに応じるかどうかは任意であり、提供を義務付ける根拠は存在しません。

 例えば、札幌市、水戸市、横浜市、相模原市、鎌倉市、座間市、平塚市、茅ケ崎市、小田原市、大井町、松田町、山北町、真鶴町、湯河原町、逗子市、三浦市、厚木市、大和市、海老名市、綾瀬市、藤沢町、秦野市、伊勢原市、愛川町、寒川町、大磯町、二宮町、中井町、箱根町、清川村、上越市、飯山市、須坂市、中野市、小布施町、高山村、木島平村、上田市、小諸市、東御市、長和町、茅野市、下諏訪町、富士見町、原村、伊那市、加賀市、羽咋市、かほく市、川北町、志賀町、能登町、小松市、珠洲市、白山市、能美市、野々市市、宝達志水町、大津市、千早赤阪村、橿原市、広島市、大分市などの自治体は、閲覧のみに留めています。

 このように全国1729市町村のうち、約6割の自治体が防衛省からの請求・依頼に応じておらず、神奈川県葉山町のように名簿提出から閲覧に戻した自治体もあります。自衛隊が自衛隊法や同法施行令を根拠に、自治体に適齢者情報の「提供」までをも求めるのは、法的な権限を超えるものであり、北杜市がこれを拒否したからといって、政府から「非協力的だ」と非難される理由はありません。前市政にはこのことが浸透しておらず、求められたら個人情報保護との関係を十分に検討しないまま応じるという対応の実態が浮き彫りとなりました。

 2017年(平成29)に阿部知子衆議院議員が、適齢者情報提供など自衛官募集事務への地方公共団体の協力姿勢について政府の認識を問うたのに対し、安倍前首相は「自衛官及び自衛官候補生の募集に係る資料については、その重要性について地方公共団体から一定の理解を得ているものと考えている。引き続き、その提出につき求めて参りたい。」と答弁しています(「内閣衆質187条第二号平成26年10月7日)。そうであるとすれば、「その重要性について地方公共団体から一定の理解」を得られていないとなれば、その提出につき協力する必要もないことになります。

 集団的自衛権行使等を容認する2015年9月19日の安保法制の制定の結果、自衛隊の活動範囲が拡大し、隊員の生命・身体への危険は増大しています。現実に南スーダンに派遣された部隊が内戦の渦中におかれて全滅の危機に直面しました。しかしそういう自衛隊をめぐる実態は国民に伝わっているとは言えません。そういう下で、今日の自衛隊への入隊勧誘は、勧誘対象者の生命身体への現実の危険を不可避的に伴うものであり、そのために個人情報が利用されることに対する若者やその父母ら、市民の不安は軽視できないものです。事実、北杜市ではこのような不安を感じた市民から、一昨年、昨年のそれぞれ6月定例市議会、そして今年3月の定例市議会に「北杜市当局が個人情報を防衛省に提供することは止めて欲しい」旨の請願が提出され、今年3月の請願については「継続審議」のままです。「その重要性について地方公共団体から一定の理解を得ている」とは言い難い状況です。

 他方、自衛隊は、自然災害を始めとする災害の発生時には、地方公共団体などと連携・協力し、国内のどの地域においても、被災者や遭難した船舶・航空機の捜索・救助、水防、医療、防疫、給水、人員や物資の輸送といった、さまざまな活動を行っています。実際、平成23年3月の東日本大震災では、大規模震災災害派遣及び原子力災害派遣において、最大10万人を超す隊員が対応しました。そうした活動の結果、平成 24 年 1 月に行われた内閣府の「自衛隊・防衛問題に関する世論調査」において、東日本大震災に係る自衛隊の災害派遣活動は高い評価を得、平成 27 年 1 月以降に行われた同世論調査でも、自衛隊の災害派遣活動に対する高い評価は維持され、認知度も高くなっています。自衛隊が地道に積み上げてきた献身的努力が実を結んだと言ってもいいでしょう。また近年異常気象による大規模災害が多発していることを考えれば、北杜市においても自衛隊の災害派遣活動を求める可能性があります。そういうことを考えたとき、市民の間にある懸念と反対を横において名簿提供を行うことは、自衛隊に対する評価を低下させるという意味で、自衛官募集という目的を達成するうえにおいてだけでなく、自衛隊との信頼関係を築くうえでも却って、マイナスになると思われます。

 以上のようにさまざまな問題点を孕んでいるにもかかわらず、前市政は、市民に対してパブリックコメントを募るなどの市民の意見表明の機会も設けませんでした。少なくとも北杜市はこの問題について住民に情報を提供しその声を十分に聞いた上で、住民の権利擁護の視点から主体的判断を行うべきです。

 場合によっては、北杜市が自衛隊に適齢者情報を提供する是非について、市は審議会を設置してその意見を聴くことも必要であると思います。