『雲の墓標』(18) | 樋浦明夫のブログ

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日々の出来事(家族や私的なことに触れるのは苦手なので、主としてグローバルな事)、歴史的な過去の出来事、浮世のことについて思ったこと、感じたことを思いつくままに写真や文で紹介したい。

 長い連休もどこにも出かけることなく過ぎてしまった。新婚の次男夫婦や兄妹が帰ってきたりで賑やかではあったが。3月15日の結婚式の余韻で近くの親戚が集まって居酒屋で会食できたのは楽しかった。
 
 さて久しぶりの『雲の墓標』だが、少し飛んで10月17日の日記から。台湾沖航空戦の戦果はまことにめざましい。航空母艦11隻撃沈、3隻撃破、戦艦2隻撃沈、巡洋艦3隻、駆逐艦1隻撃沈、合計40余隻撃沈。新聞にも神機来たるとあり、素直に受け取れる。だが戦果のかげに、味方の未帰還機312機をかぞえる。搭乗員も千名ちかくを失われたと思われる。
 
 ところが10月21日の日記には、次のように書かれている。雨続きで飛行場が使えないため外出が許可になった。昼飯を食おうとこの前にも来た千疋屋に入ったら、隣の席でビールを飲んでいた大尉が「貴様らの志気はどうだ?勝ち目のない海軍に引っ張られて、憂鬱なんだろう。そうだろう?顔に書いてあるぞ」とからむように話しかけてきた。「いいえ。みんな張り切っております。ことにこんどの台湾沖の大戦果を聞いてから、この勝に乗じた時期に、私たちもはやく技術をマスターして、空母と刺し違えに出て征(ゆ)きたいとおもっています」と答えたら、大尉は急に不機嫌になった。ビールのコップを卓にガチャンとやって、「大言壮語はやめろ」と低い声で怒鳴って睨みつけた。「お前は、大戦果の大本営発表を信じておるのか?」という問いに、「信じてはいけないのですか」と返すと、大尉は 急にカラカラと高笑いをした。大尉は「ほんとのことが知りたいか?」と言って、台湾沖の戦果は、夜間攻撃による目標誤認、欲目からの戦果の過大評価が無数に混入している、戦局はお前たちが考えている50倍ぐらい悪い、中央反省せよ、海軍報道部斬るべし、一人前に飛べもしないお前たちまでが大言壮語をするな!とえらい不機嫌でビールをあおった。暗然たる気持ちで「失礼します」と言って千疋屋を後にした。
 
 大尉が言うように、輸送船や上陸用舟艇を空母と間違えて突入しているのだったら、いつまでたっても敵の機動部隊の勢力が衰えるわけがない。大尉の話しでは、中央では半分それを承知しながら、そのまま大本営発表として国民に流しているのだという。まさかわれわれは、新聞の第一面に嘘の数字をかざるために駆り出されてゆくのではあるまいか、というのが暗澹たる気持ちの正体であろう。