「未練(みれん)」というクリシェ(常套句)
「未練」とは、「後ろ髪をひかれるような愛着を、きっぱり思い切る(断ち切る)ことができない様子(気持ち)」と辞書(『新明解国語辞典』)には書いてある。この「未練」は、明治後期から昭和の流行歌、歌謡曲(演歌を含む)のキーワードだった。見田宗介(現東大名誉教授:社会学)の『近代日本の心情の歴史』(1967年、のちに文庫化)も、この「未練」を取り上げているが、基礎資料が古く、残念ながら計量分析においても、質的分析においても、今日では、違和感があり適切とは言えないのではないかという点が多々あると思われる(しかし、当時は東大の先生が歌謡曲を分析するという画期的な仕事だった)。私が、全音の『歌謡曲大全集』(現在1~10巻まで出ている:各巻600頁ほどの大部である)を拾い読みした限りでは、「未練」が、本格的に歌謡曲のキーワードになるのは、古賀政男(作詞・作曲家)の登場以降である。古賀は、哀愁のあるメロディーを朝鮮の哀歌(ブルース)に求めた。そこには、在日の人たちの、引き裂かれた思い、好きで来たわけでもないのに、帰れない、帰る場所もない、という悲痛な叫びを朝鮮的かつ日本的なブルース(ヨナ抜き音階)にのせて、その思いを「未練」に重ねたというものである。これは、後年古賀が詳しく語っているので、的を射ていると思う。 この未練が、終わりを告げるあだ花として、都はるみの『北の宿から』がある、「女ごころの未練でしょう、あなた恋しい北の宿」(阿久悠作詞)である。しかしこの「女ごごろの未練」は、実のところ、「男の未練を」女が歌うというねじれ構造になっているのではないだろうか。おおくの歌謡曲は、その傾向が強い。都 はるみ (Miyako Harumi) - 北の宿から(Kitano Yadokara),1975作詞: 阿久悠 / 作曲: 小林亜星, 1975.12. あなた變りはないですか 日每寒さがつのります 着てはもらえぬ セ-タ-を 寒さこらえて編んでます 女こころの 未練でしょう あなたこいしい北の宿 吹雪まじりに汽車の音 すすり泣くよにきこえます お酒ならべてただひとり 淚唄など歌います 女ここ...www.youtube.com 同じく、同時期にヒットした、中島みゆきの『わかれうた』は、「未練」以上の「激しさ」や「怨念」が「未練」という言葉を突き抜けて作られている。 「道に倒れて誰かの名を呼び続けたことがありますか?」」(そんなことできるかい!)という『わかれうた』によって、ようやく歌謡曲的な手あかのついた「未練」は、撃退されてしまったといっても過言ではないだろう。 (その後、研ナオコがカバーしているが、これもいい)わかれうたProvided to YouTube by PONY CANYONわかれうた · Naoko Ken研ナオコ ベスト・コレクション32℗ Pony Canyon Inc.Released on: 2008-02-20Composer: Miyuki NakajimaAuto-generated by YouTube.www.youtube.com だがしかし、その後も、やしきたかじんの「未練ーStill」などどいう、ややアナクロな曲も出てはいるので、「未練」という言葉はまだ歌謡界には棲息しているようだ。 【ひうち】