「昭和100年/戦後80年:憲法」(江藤祥平)『朝日新聞記事』を読む
2025(令和7)年4月26日(土)の朝日新聞(朝刊)書評欄の冒頭に、江藤祥平氏(一橋大学教授)の「ひもとく 昭和100年/戦後80年 憲法」が載っていた。最初は、サラッと読んだが、よく読むと、「憲法」学に対して、なかなか深い示唆をしているように思えた。 ここでは、次の3つの書物が採り上げられている。1 尾高朝雄『国民主権と天皇制』(講談社学術文庫、初出:国立書院、1947年)2 樋口陽一『近代国民国家の憲法構造 増補新装版』(東京大学出版会、初出1994年) ※参考;同著『近代立憲主義と現代国家』(勁草書房、1973年/新装版2016年)3 竹村和子『愛について アイデンティティと欲望の政治学』(岩波現代文庫2022年、初出2002年年) なお、2についての補足だが、 民主党が立憲民主党として2017年に再生する理論的契機となったのは、樋口陽一『近代立憲主義と現代国家』だと言われている。――余談だが、枝野幸男は、東北大学法学部時代、樋口陽一に「憲法(学)」を教わったのではないだろうか? とりわけ、江藤の評で注目すべきは、3の竹村和子の書を、「憲法学」の国家、個人、の概念を、グラつかせる問題を提起している、と指摘している点である。 近代以降の「個人」「主体」と「国家」との対峙で語られてきた「憲法(学)」・「立憲主義」の「人間像」は、はたして妥当なのか? 江藤は、クイア理論から主体を行為遂行体ととらえる視点など、竹村の書は、こんにちの憲法学が対峙していくべき問題提起がなされていると読む。 非常に示唆に富む評であろう。 そこで一句。 原点が不明の100年昭和の日 ひうち