菊池寛美記念 智美術館
℡)03-5733-5131
往訪日:2023年11月5日
所在地:東京都港区虎ノ門4‐1‐35
開館時間:11時~18時(月曜定休)
拝観料:企画展で異なります
アクセス:日比谷線・神谷町駅から徒歩4分
■設計:坂倉建築研究所
■竣工:2003年
■施工:(建築)清水建設(内装)水澤工務店
《モノリスのような姿が眼を惹く》
11月三連休の最終日に再び都内散歩に向かいました。向かった先は神谷町の智美術館(ともびじゅつかん)。コレクターだった実業家、菊池智(1923-2016)氏ゆかりの現代陶芸専門美術館です。ここは坂倉準三のDNAを継承する坂倉建築研究所設計の名建築でもありました。それでは建築散歩から。
★ ★ ★
当館の存在は、今年あちこちで鑑賞した陶芸展のなかで知った。菊池智の実父は、炭鉱王として知られた菊池寛美。その名を冠した私設美術館である。この日も終日晴れ模様。仕事で幾度も訪れたオフィス街だが、週末は静かなもの。近くには大倉集古館や泉屋博古館や世界各国の大使館も集まり、落ち着いた雰囲気の一等地である。
「おサルはあんまり来ない場所だのー」
ベトナム大使館によくお使いに行ってたでしょ?
「あれは渋谷だし」
神谷町の駅でおりて、サントリーホールに至る坂を登る。大倉集古館の緑青色の屋根が見えてくるあたりで、目的の建物も見えてきた。
2009年に全面リニューアル。内装設計はリチャード・モリナロリ(1951-)。切込み接ぎの花崗岩の石垣の上に白壁が続き、白堊の蔵も見える。
菊池寛美の所有地に2003年に建てられた。ベージュ色の落ち着いたライムストーンで覆われたスレンダーな建物、西久保ビルの一階と地階部分が美術館になっている。
「高層ビルに取り囲まれているにゃ」
一等地だし。
開館は11時と遅め。なので建物見学の時間を割くことができた。
大本の所有者は千葉亀之助という資産家だったそうだ。
「お金持ちがたくさん住んだ場所なのち?」
そういうことだろうね。僕たちには無縁な世界だけど(笑)。
邸内に佇む赤煉瓦の西洋館は、その千葉の所有だったものだ。装飾の抑制されたバーチカル・ティンバーフレームと、ベージュの漆喰と赤煉瓦のコントラストがひと際眼を惹く。
だが、残念ながら非公開。おカネは幾らでも払うから見せて欲しい。
「卑屈やのう」
茶室もある。好事家といえば茶の湯だしね。
建物自体に現代美術家の作品が鏤められている。
スライドドアと玄関銘板は北村眞一氏(1945-)。
揮毫は菊池智氏ご本人。
開館間近になった処で、スタッフに「中でお待ちください」と言われた。優しいスタッフである。
「あんまり早くから外でウロウロされても困るでしょ!」
いちゃマズい?自覚ないけど。
スライドドアを潜ると廊下の突き当りに巨大な作品が。
篠田桃紅(1913-2021)氏の作品《ある女主人の肖像》だ。菊池智氏をイメージしたのだろう。
(参考資料)
篠田先生は100歳を超えても現役だった。その躍動感。唯一無比の筆致を見ると、やはり天才はいるのだなとそのたびに思った。そして、非常に失礼な言い方かもしれないが、先生は絶対に死なないのではないかと本気で思ったものだ。あの宇野のお千代さんもそうだったように。
だが、先生も人の子だった。
(参考資料)
書家であり、美術家だった先生は独学で極めた。早くにアメリカに渡ったのも正解だった。先生を初めて知ったとき、既に80歳を超えていたが、若い頃は想像もつかない美貌の持ち主だと知り二重に驚いた。菊池智氏ご本人も同様。いずれも余談である。
地階に続く螺旋階段の手摺はガラス工芸家、井上尚人(1935‐)氏の作品。篠田桃紅氏の作品がコラボする。残念ながらここだけは撮影NG。是非足を運んで観て欲しい。
坂倉の師ル・コルビュジエのエッセンスを垂直に展開すると…こうなったかどうかは判らない。
数寄者の美意識が漂う美術館だった。
敷地内からは、ちょうど10月6日にオープンしたばかりの東京NODEが、美しいAラインの側面を、天高くクリスタルブルーに輝かせていた。新旧の施設が集積する虎ノ門界隈。これからも眼が離せない。
「レストランもあるらしいにゃ」 いこーぜ
もうおカネがないよ。
(美術展篇につづく)
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