名建築シリーズ15
教文館ビル
往訪日:2023年5月1日
所在地:東京都中央区銀座4-5-1
営業時間:
(書店)10時~19時
(カフェ)11時~18時30分
アクセス:東京メトロ・銀座駅から徒歩約3分
■設計:アントニン・レーモンド
《ただのオフィスビルと侮るなかれ》
※写真を一部ネットよりお借りしました。
ひつぞうです。国立近代美術館往訪のあとは銀座に移動。夕食はいい店を予約したので「お昼は食べ過ぎないようにしたい」というおサルの要望もあり、軽食に抑えることにしました。目指したのは教文館です。え?それって書店では?そう。あの教文館です。ここって喫茶コーナーもある名建築なのです。以下、往訪記です。
★ ★ ★
ということでいつもの教文館ビルへ。
ご存じのとおり、教文館はアメリカ合衆国のメソジスト派の伝道師たちが福音書などを販売するための拠点として、1891(明治24)年に開設したのが始まりと言われている。
「なんなの?メソヂストって」
主として北米大陸で広まったプロテスタント系キリスト教のひとつだ。英語のスペルMethodistを見るとよく判るが、method(方法)、すなわち“教義にもとづく規則正しい生活方法”を宗旨とする一派らしい。青山学院や関西学院など、メソジスト派が築いた教育機関は現在でも名高いものが多く、その教えは連綿と引き継がれている。
明治期には三階建てのコロニアル式の建物だったが、関東大震災で壊滅的な被害をうけたそうだ。経営難もあり、やはりメソジスト系の日本基督教興文協会と合併する(ちなみに『赤毛のアン』の翻訳で知られる村岡花子が勤めていた)。
そして、昭和に入り、現在の建物に建て替えられた。完成は1933(昭和8)年。実は当初の建物には、今は無くなったモニュメントが存在した。
かつての建物の屋上に注目してほしい。
「なんか塔みたいなものがあるにゃ」
この建物を設計したのがアントニン・レーモンド(1888‐1976)だ。覚えてない?
「ぜんぜん」 キッパリ
この間訪れた軽井沢のペイネ美術館。あの建物を設計した建築家だよ。
一階部分はテナントスペースになって改装されているが、建設当初は新古典主義的な装飾が施されていた。しかし、一番の特徴は幾何学的にシンプルな構成美。帝国ホテル建設のためにフランク・ロイド・ライトの助手として来日し、経営側と予算の関係で悶着をおこして馘になったライト親分の代わりに完成にこぎつけた。その後レーモンドは日本に多くの仕事を残すことになる。
「ゆかりのある建築家なんだにゃ」
その点ではライト以上だ。どうしても明治村の帝国ホテルが有名すぎてお株を奪われている感があるが、前川國男や吉村順三など、殿堂入り級のアーキテクトを育成している。また、国内大手の総合建設コンサルタント、パシフィックコンサルタンツの共同設立者のひとりでもあるんだ。
「そこまでいくと専門的すぎるにゃ」
本の教文館としては、地元に根差したマニア垂涎の選書で有名だ。
「どんなジャンルなの?」
例えば、江戸古地図、歌舞伎、落語、芸術、料理(店)、映画、文学など。普段耳にしない小さな出版社の良書が目立つ。とりわけフェアの充実ぶりは他の大手書店の追随を許さない。先日も、高峰秀子さん、武田百合子さんなどのフェアが催されていた。本好きにはたまらないセレクションで、ここに寄ると無闇に買い込んでしまう。
話を建築に戻そう。
回転式の扉を抜けて、正門からロビーに入る。天井に建築当初のデザインが残っているね。
奥に曰くつきの階段が見えてくる。
これみてなにか気づかない?
「ぜんぜん」 エノテカでワイン飲みたい
階段がふたつ並んでいるでしょ。実は別のビルとくっついているんだ。
二階はごく普通の踊場だけど、三階は煉瓦壁に昔の面影が。そしてキリスト教に相応しく、装飾も十字架。
照明もシンプルながらモダニズムっぽい。
四階はまた違った照明。普段見逃しがちだけど、つぶさに観ていくと設計者の思想が見えてくるよね。
「腹へったよ」
ガッツリしたものは避けよう。
「サンドイッチとかじゃね」
四階にカフェがあるんだ。
買った本のページを捲るお客さんが数名窓際に陣取っていた。では僕らも。
あれ?ホントにカフェなんだ。軽食とかはないんだね。困った…。
「むー。おサルコーヒーだけにすゆ!」 ここで食ったら晩メシが…
僕、ケーキセット。
「…!」 悩むってこと知らんのか
窓にもクルスの意匠。素晴らしい雰囲気。
待つこと数分。
優雅ですな~。女子メニューだけど。
「オッサンの食い物ではないにゃ」
バラの花型ケーキ(アールグレイ味)
「どんなあじ?」
めっちゃあまい…
「それで血糖値爆あがりだにゃ」 アホかこいつ
ということで夕飯まであと4時間。おサルは空腹との戦いが続く。
「エノテカでワイン飲もう」
アルコールはいいんかい!
(つづく)
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