特別展 毒
往訪日:2023年1月3日
会場:国立科学博物館
場所:東京都台東区上野公園7‐20
会期:2022年11月1日~2023年2月9日(月曜定休)
開場時間:9時~17時(日時指定)
料金:一般2000円 小中高生600円
アクセス:上野駅から徒歩約3分
※一部(芥子の花とかね)を除いて撮影OK
ひつぞうです。正月三日目は国立科学博物館で開催中の特別展「毒」を観てきました。東北旅行から戻った翌日でしたが、ジッとできない性分なので…。以下、観察記です。
「落ちつく暇がないだよ」まったくもー!
★ ★ ★
会期も終盤だからと油断したのが運の尽きだった。9時入場予約券を購入したのに余裕こいて10分過ぎについたら長蛇の列。そして館内も激混み。そうだよな。正月に子供を遊ばせるにはいい企画だもの。それにしても(言い方は悪いけれど)常設展示の標本を「毒」というコンセプトで並べ替えただけなのに一般料金2000円とは大きく出たね。さすが科学博物館
「商売上手というべきなんじゃね」
展示内容は御覧のとおり。
第1章 毒の世界へようこそ
第2章 毒の博物館
第3章 毒と進化
第4章 毒と人間
終章 毒とうまくつきあう
順番どおりに観る必要はない。興味を惹くものから順に自分だけの博物誌を作ろう。
まずは巨大なスズメバチとハブの精巧な標本の洗礼を受ける。特にスズメバチがすごい。頭部の繊毛まで再現されている。CTスキャンの活用だろう。形だけではなく、攻撃スタイルまで模してある。
その真横には…
「なにこれ!」ギモヂワル~イ💦
イラガという蛾の仲間の幼虫だ。よくできている。実物は1㌢程度の小さな芋虫なんだけど、この先端の毒針に触れるとジガジガと猛烈な痛みが走る。嗜食性があって柿の葉によくみられる。子供の頃にやられたよ。今の季節は白黒の卵の殻ような硬質な繭を作るよ。
「強烈な色と形だの」ウルトラ怪獣みたい…ヒツの好きな
捕食動物に“毒で~す。イラガで~す”ってアピールしているわけよ。有毒生物って目立つよね。
「ヤドクガエルとか」サイケだよにゃ
植物も負けてはいない。ドクウツギと言っても花ウツギとは無関係の猛毒種。甘そうに見える桃色の粒は実ではなくて蕾。だが、本当に甘いから始末が悪い。こっそり味見したくなるが、相手は即効性の神経毒。痙攣して最悪の場合は命を落とす。トリカブト、ドクゼリと並ぶ三大有毒植物と言われると怯んじゃうね。
「一回痛い目に合えばいいんじゃね」
これは鳥だけに食べてもらって、遠くに糞として種子を運んでもらう戦略らしいよ。(鳥は種子を噛まないので中毒を起こさない)
江戸中期の百科全書『和漢三才図絵』にトリカブトの記述が既にある。それよりさ。この本、個人蔵なんだよね。どこで手に入れたんだろう。そっちが気になるよ。
有毒植物の世界は奥が深い。
「植物コーナーでこんなに興奮してるのヒツだけだよ」皆先にいっちゃったよ
イヌサフランね。若葉が行者ニンニクやウルイに似ているので誤食が絶えない。主成分はアルカロイド系。つまり麻薬だ。
「犬に失礼だにゃ」
紛いものって意味でつけられるよね(笑)。
これは世界最強の有毒植物ゲルセミウム・エレガンス。eleganceだものね。やっぱり美しいものには棘ならぬ毒があるんだよ。中国では冶葛(やかつ)や胡蔓藤(こまんとう)と呼ばれて漢方薬に用いられ、正倉院御物にもあるそうだ。毒成分はやはりアルカロイド。呼吸や神経の麻痺を惹き起こす。
これはミャンマー産の毒草マチン。精製される毒成分ストリキニーネは暗殺の道具としてクリスティや乱歩の推理小説でおなじみ。激痛と意識障害による死。それがまた物語を演出するうえで効果的だったのだろう。(因みに採取者の田中信幸さんは東南アジア植物専門の科学博物館研究員)
しかし、一番怖いのはこういう症例かも。
バルカン半島ではバルカン腎症という深刻な臓器不全が農民を悩ませてきた。その原因が収穫した穀類にまぎれたウマノスズクサ科の植物の種子だった。風土病の原因だったんだ。
ウマノスズクサは日本でも見られ、変わった形の花をつける。これじゃ原因も判らない。
「植物あきた」
じゃ次は生物。
研究者にはヘンタイが多い。イグノーベル賞受賞のシュミット博士は世界の蜂に刺されて痛みのレベルを検証した。
タランチュラホークだもん。これね、タランチュラを幼虫の餌にするからこの名前があるんだよ。狩りバチの仲間なんだ。
「えっ!毒蜘蛛みたいに恐ろしいからじゃなくて?」
正式和名はオオベッコウバチ。世界最大のハチで毒もウルトラ級。死に至ることはないけど猛烈に痛い。
「ヒツよりもアホがいたんだ」あるいはマゾ
爬虫類もタチが悪いのが多いね。
コモドオオトカゲの唾液って鼻がもげるほど臭いらしいね。イモトが番組で「くせえー!」って悶えていたのを覚えているよ。
「どんな臭い?」想像がつかん
肉が腐った臭いだって。その唾液で噛まれると、血液が止血性を失って死に至るそうな。臭い毒のある唾液で噛みついて、相手が弱るまで執念深く追いかける。とんでもない生き物だね。
メキシコドクトカゲも同じ。
下顎が毒を注入しやすいように進化したのが判る。
今回の展示の目玉は微細な標本からCTスキャンで作成した拡大模型。僕らが子供の頃はこうしたものはなかった。隔世の感がある。
「食べられゆ~」残念ダッタニャ
ヤマカガシってさ。子供の頃は無毒って教えられた。確かに臆病だし、アオダイショウやマムシみたいな攻撃性もなかった。そして身が臭いから食用にもならなかった。シマヘビは炙って食べると美味だよ。
「食うんか」冗談じゃないんだ…
自然環境が良い時代だったから、秘密基地に石竈を造って、友だちとザリガニやヘビ、カエルを焼いて食ったんだよ。カエルは香ばしく、ザリガニは濃厚なエビだった。天変地異が起きても生きていける自信はある。
「…」鬼畜やん
そういう話ではなくてヤマカガシ。
ヒキガエルの頭部の毒腺はブフォトキシンという毒成分を分泌する。ヤマカガシはこれを頸腺と呼ばれる二列の組織に蓄える。こうした他人の“武器”を自家薬籠中に納める生物は他にもいる。
いやあ。旬ですなあ。フグといえばテトロドトキシンだね。中たりたくないね。
トラフグは旨いけれど、釣りの外道として嫌われるクサフグも他の生物の毒を溜め込むんだって。
ヒラムシの仲間が毒を持っている。よくこんなもの食うよなあ。
ところで今回一番勉強になったこと。
毒を持つ哺乳類の存在!
スローロリスって肘から出る体液と唾液で毒を作って体に塗るって知ってた?サルの仲間で毒を持つっていえば、わがおサルの毒舌くらいしか思いつかんけど。これは強烈よ。二、三日立ち直れんから。
「かかってこんかい」相手しちゃる
世界の珍獣カモノハシも脚基腺という毒腺持っているんだね。
「こんなところ触らんやろ」
(アンボイナ貝)
イモガイの仲間は情け容赦ない。ブスッと一息に殺る。
僕には食い物にしかみえない。…ただのエイヒレ。
「これは確かに刺されてはならない形だの」
海洋生物学者が踏んでしまいがちな危険生物オニダルマオコゼ。
「高級魚だにゃ」銀座銀座
「ハコフグって体表に毒があるんだ」
まじ?!中学生の時に下田の海で手掴みで捕ったけど。
「あ。人間には無毒らしい」失敬失敬
そーでしょ。
悪そうだものね。ガンガゼ。絶対近寄りたくない。
「飽きた。いいかげん」
次はきのこね。
ベニテングダケって猛毒のイメージだったけれど、毒成分のイボテン酸に強烈な旨味があって椎茸を数倍濃厚にした味なんだって。地域によっては茹でこぼして食用にするらしい。一度は食べてみたいけれど…。そういえば研究員のかたが史上最大の毒キノコのひとつシャグマアミガサタケの試食に挑むコラムを読んだけど…シンパシーを感じた。ぜひ連れてって。
カヤタケは普通に食べたな。信州の旅館でも夕食に出るし、癖もなくて旨かった。むしろよく似たドクササゴに注意するように言われたものだ。現在は毒成分ムスカリンを含むと言われている。
次は鉱物コーナー。
水銀って猛毒なんだよ。体温計でお世話になっているけど。
ヒ素も暗殺の道具に使われてきたよね。
これは海底熱水チムニーに堆積する砒素硫化鉱物である鶏冠石。
明神海礁付近で採集されたチムニーの金属鉱床。海底の割れ目にマグマ由来の稀少鉱物が貯まるんだよ。陸地の鉱山の出来方と理屈は同じ。かつて深海調査船《しんかい2000》から送られてくるシロウリガイやコシオリエビの大コロニーの映像を見たときはしんそこ驚嘆した。
(ゴエモンコシオリエビ)
彼らは高濃度の硫化水素を含む高温熱水に屯していた。そんな環境でどうして生きることができるのか。次第に全貌が明らかになってきた。彼らは硫化水素からエネルギーを作る菌類を腋毛に飼っていたのだ!
エルビスワームというウロコムシの仲間。ゴカイに近い生物。
熱水鉱床の代名詞といえばこれ。チューブワーム。今では標準和名サガミハオリムシの名前がある。虫体がフナクイムシに似ている気がしたけれど、あれは二枚貝の仲間。こっちは環形動物(なのでゴカイやイソメに近い)。
有毒生物が絡む進化の形態。
★ ★ ★
盛りだくさんだった。最後に《毒と人間》について触れて終わりにしよう。
砒素はその無味無臭という性質を悪用されてきた。
中世イタリアの野心家チェーザレ・ボルジア。政敵を暗殺するためにカンタレッラという毒薬を使った。マキャベッリの主著『君主論』のモデルとしても有名だね。
とにかく20世紀の暗殺の道具といえば(冒頭でも紹介した)マチンよ。
そして悲劇の科学者フリッツ・ハーバー。
ハーバーと言えば毒ガス博士。第一次世界大戦に毒ガス投入を推進した人物としてネガティブに紹介されがちだが、応用化学、有機化学の分野で目覚ましい貢献を果たしたノーベル賞受賞者でもある。ドイツ留学時代の恩を返そうと、戦後不況に悩むドイツ政府に莫大な資金援助を果たしたのが、会津の大立者で星製薬の創業者・星一である。余談だが、この二代目がショートショートの神様・星新一先生である。
(写真が悪いね。まるでナチスだよ。もっと科学者然とした写真だってある)
ハーバーは戦争の早期終結を願って毒ガスを開発した。その姿勢は第二次世界大戦の“原爆の父”オッペンハイマーの姿に重なる。偶然にも二人は東欧系ユダヤ人“アシュケナージ”の出身だ。コスモポリタン的資質が、一見合理的な“科学的解決”を二人に推し進めさせたのだろうか。
タピオカの原料キャッサバだって水で洗わないと毒なんだよ。
こうした製薬会社や化学者の努力もあって、抗毒素は作り続けられている。
以上、毒の世界は奥深かった。
最後に博物館学芸員の皆さんの、研究するうえでの苦労話がパネル展示されていた。いい大人のひとりとしては、こちらの方が興味深かった。そして、人体への一番の毒はアルコール=酒だと口を揃えていたのがおかしかった(笑えないけど…)。痛飲の苦い思い出は、どんなに優秀な研究者であろうと皆ひとつやふたつあるらしい。
「研究者だって人間だもの」🍷ベヴィアーモ♪
(おわり)
ご訪問ありがとうございます。