≪霧に包まれた天狗岩もまたいい≫
こんばんは。予想どおりの筋肉痛、というより虚脱状態で仕事に身が入らないひつぞうです。早速「巻機山ヌクビ沢コース」の続篇を更新しましょう。
★ ★ ★
陽が当たり始めた。沢のしぶきが石英のような煌めきを見せる。少し食べると活力が戻ってきた。自分たちのペースで登りたいので後続パーティの通過を待ったが、登ってくる気配がない。はて。ここで退却する理由はないはずだが。
よそのパーティの進退に気を揉む余裕などなかったが、遭難の二文字が脳裏をかすめてしまうのだ。しっかりした沢登りの装備だったので、三嵓沢へ向かったのかも知れない。それ以降は僕ら二人の静かな山旅となった。
行者の滝を通過してしばらくすると、最後の滝であるヌクビ滝が現れる。右岸側に明瞭な巻き道が見えている。
人が立たないとスケールが把握しづらいが、とてもフリーで通過できるような場所ではない。
じっとしていると空気がひんやりしているのが判る。
そろそろ稜線の笹原が視界の奥に見え始める頃だった。
御覧のように延々と赤いペンキマークが執拗に塗られているので、やや興醒めではあるが、僕ら素人にはこれで丁度よかった。
巻機山最高点まで5時間では無理っぽいね。
「なに?それ。おサルが遅いって言ってるのちにゃ?」
ま、いいよ。独りだったら、早く登頂して静かな美しい景色を堪能できるけれど、やっぱり感動を共有できてなんぼのものだからね。七年前なら絶対口にしなかった科白だけれど、近頃は独りで出歩くことに自由よりも孤独を感じることが多い。
「濡れ落ち葉だからにゃあ。ヒツヒツは。困ったにゃ」
ちょうど天狗岩の真横を通過中。
沢の傾斜が緩んで、水量も圧倒的に少なくなった。
そして、瞬く間に、空には真綿を伸ばしたような薄い中層の雲が広がっていった。
このあたりは浮石だらけなので捻挫には注意しよう。
そして岩質がおもむろに変化する。
「なんか孔が空いた岩が多いよにゃ?」
これは珪長岩だね。下流の花崗岩と同じ深成岩なんだけど、こっちの方が地質の年代が古いんだ。ゆっくりゆっくりマグマが固まったから結晶が大きんだよ。
このクリーム色掛かったものが典型的。中央に小さな孔があるじゃん。
「ふむふむ」
この中に鉱物の結晶があるんだ。ミリ単位の水晶があるでしょ。
(上の写真の拡大図)
「ほんとだ!採ゆ!」
ムリだよ。幾らミリ単位でも。小さくても相手は石だから。
(その後も執拗に指先でこそぎ落とそうとしていた)
遂に源頭域に入ったようだ。
長らく辿ってきたヌクビ沢ともお別れ。小尾根に取りつく。
なにをしようとしているのが理解に苦しむほど、再びモタモタしている。
なにやってんの?
「ぜんぜん足場と手掛かりがなくて登れないにゃ!」
なるほど。起点部は泥が崩壊して取りつけなくなっていた。
こんなの草に齧りついてガシガシ登ればいいんだよ。
身体能力では圧倒的に勝っているという自負を傷つけられたのだろう。すっごく不機嫌になったのが判る。
間もなく稜線だ。
巻機山の稜線だよ。いったい何回来とんじゃ。
あの時はここでヘルメットとサングラスのおっさんに呼び止められたんだった。
遂にリベンジしたね!
心なしか、おサルの顔にも笑みが零れていた。
一般縦走路に合流した。
割引岳山頂についた。山頂には四組程度のハイカーが休憩していた。
奥には去年歩いた裏巻機新道の稜線。そして南魚沼の街がそこにあった。
登ってきた沢越しに上越国境稜線の米子頭山、柄沢山、そして朝日岳の山並み。予報どおりに谷川岳周辺はガスに呑まれていた。
簡単な行動食で空腹を満たしたあとは、名残りを惜しむ暇もないままに巻機山を目指す。
草紅葉の草原の奥に大兜山。そして彼方に阿寺山、八海山に、中ノ岳、越後駒ヶ岳。
少しこちらの稜線も雲が多くなってきた。
御機屋を通過。すまし顔で撮っているけれど、周囲ではたくさんのハイカーが食事中。
そそくさと最高点へ。
初めて往訪したハイカーは、この殺風景な山頂に拍子抜けしてしまうようだ。三角点も標識もないからね。でも(いつもいうように)僕はこうした山の在り方の方が好き。
「偏屈だもんにゃ」
こだわりと言って欲しい。
この景色を眼に焼きつけて帰るとしよう。越後の山は今年最後になるかもしれないから。
「あんなにいっぱい人がいたのに山頂は少ないにゃ」
井戸尾根からだと4時間くらいで登れるからね。もう大半は下山したんじゃない?
「ハロウィン顔の池塘だにゃ」
巻機山も一時期かなり荒廃して、地元ボランティアの努力によって、ここまで植生が回復したらしいよ。
残雪期には沢になる階段。今の季節は泥濘になってめちゃ滑る!
小屋が近づいてきた。今年はコロナ禍の影響で宿泊利用は遠慮するように指導されていた。
山頂を見返す。
ニセ巻機を通過。
六年前に来たときには、裸地が進んで植生保護マットが敷かれていた。かなり回復したようだ。
ここから見る米子頭山がカッコいい!
少し陽光が乏しくなったけれど、それでも素晴らしい眺めだった。
ニセ巻機を見返す。
登山道は一部ドロドロの泥濘。これもまた巻機名物。尻餅だけは搗かないように。
「搗いた…」
おしり泥んこだよ…。どうすんの?
六合目のあたりから天狗岩と登りに使ったヌクビ沢が見えた。
「あんなところ登ったんだにゃ…」
登っている時はそんなに斜度を感じないけどね。
そして駆け下りるように五合目(焼松)に到着。ここからは米子沢がよく見えるんだよ。
かたや御覧のとおり。米子沢は沢登り装備と経験がなければ入山不可。
この後も殆ど駆け足だった。思えば上越国境縦走の時もタクシーを待たせていたから、テント泊装備だったけれど走って降りたんだった。もうあんなことはできない。
「ついたあ!」
おサル、ここじゃないよ。
「ほんとだ!ここきゃ」
駐車場に戻ってみると車の数は格段に減っていた。500円の代金を後払いして、愉しかった思い出に浸りながら関越道目指して清水の集落を後にした。この日は今年一番の入山数だったそうだ。
※路肩駐車でも500円徴収されます。地元の方々の生活源でもあるので快く支払いましょう。
やはり上越国境の山は素晴らしい。これから先の季節、越後と言えば酒と温泉。また愉しませて頂くとしよう。
(おわり)
【行動時間】 5時間30分+2時間40分
いつもご訪問ありがとうございます。