島崎藤村著『千曲川のスケッチ』を読む | ひつぞうとおサル妻の山旅日記

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ひつぞうです。
おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

島崎藤村著『千曲川のスケッチ』

(岩波文庫/1927年初版)

 

 

こんばんは。ひつぞうです。今夜は最近読んだ本の感想です。一月に東信

地方の田沢温泉に行き、懐かしくなって藤村の『千曲川のスケッチ』を再読

した。最初に読んだ時は小諸や上田は未踏の地域で、想像力をフル稼働

して読んだけど、自分の故郷は海抜100m。雪も降るが積もっても10センチ

程度。だから、浅間山麓の高原台地を、甲武信ケ岳に源を発する千曲川

が谷を穿って流れる様はなかなか想像できなかったな。

 

★ ★ ★

 

島崎藤村は木曽・馬籠の出身なんだよね。上京後、明治学院に入学。浪漫派

の詩作に傾倒し、のちに散文に移り、名作『破戒』『夜明け前』を残した。詩

人として幸福なスタートをきった藤村先生も、何を思ったか、城下町とはいい

ながら、明治新政府樹立後は零落した廃都に近い様相の町に、英語教師とし

て赴任している。その田舎暮らしの断片をしたためたのがこの作品なんだよ。

 

 

もともと文弱タイプで運動が苦手だった先生は、基礎代謝が低かったんだろう、

小諸の冬が寒くて適わなかったみたいだ(笑)。同じ信州でも木曽と小諸では

日本海への距離も違う。廃藩置県後も北部の長野県と、南部の筑摩県に別れ

ていた時期もあり、文化も風土も違う。先生には未知の土地だったんだね。

 

ところが教師仲間や旧藩士の人々と交流し、山里を歩くようになり、先生も逞しく

なっていく。特に小諸の懐古園周辺の夕暮れ時の描写や、暗くなっても野良仕事

を続ける田園風景はミレーの絵画のように美しい。そして浅間山麓や烏帽子山麓

の牧草地の緑の濃い景色も、いまと同じ風景がそこにあったのだとよく判る。

 

★ ★ ★

 

風景や土地の暮らしの描写や見聞録が大半だが、一番記憶に残る挿話は、信州

の人々は概して勤勉だということだ。なんとなく判る。学校教育も昔から盛んな土地

柄だし、でも(それが仇となったか)理屈っぽく、頑固者も多いと記している。判る気

がする。

 

「ひつそう、気が合うんじゃね?」サル

 

あのね。同じタイプってだいたい仲良くなれないものなんだって。

 

「おサル、誰からも縛られな~い♪ 好きに生きる~♪」サル

 

いや、あなたを縛るってことはどだいむり。判ってます。

 

★ ★ ★

 

でも一番好きな描写は(活動範囲が広がり気が大きくなった)藤村先生が、

飯山方面まで汽車旅行する場面。今の「しなの鉄道」の豊野駅で一度降り

て、小布施のあたりで川船に乗って飯山までくだるんだ。今はなくなってし

まった長野平の冬の歳時記だ。押し黙った土地の人々がじっと船を待つ様

が、今以上に厳しかった信州の冬を想わせる。

 

「地獄谷、も一回這入っといでよ」サル

 

で、肝心の田沢温泉「ますや旅館」の項は、恥ずかしながら全く記憶からす

り抜けていたな。当時から「別所温泉なんかは開けたほう」で、田沢温泉は

地元の村びとの憩いの場である鄙びた湯治宿だったみたいだ。かつで日常

だったものが、時代の隆盛から取り残されて「秘境」だ「秘湯」だと騒がれる

のはおかしなものだけど、やっぱり、こうした場所を訪れると、落ち着くし、癒

しを感じる。

 

藤村の小諸での六年間の生活を綴る、若書きのエッセイでした。

 

(終わり)

 

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