ダブルケア・介護と子育てにがんばるあなたが気楽になれる場所

ダブルケア・介護と子育てにがんばるあなたが気楽になれる場所

15年の介護と子育てのダブルケアを経験した野嶋成美がダブルケアを楽にするヒント、孤独になりがちな毎日から解放されるヒントを、肩の力が抜ける遊び心を交え提案します。

ダブルケアとは介護と子育ての同時進行のことを言います。
また子育てと介護に限らず複数のケアをしていることもダブルケアです。

私は両親の介護を子育て中に経験しました。
ひとりで抱えてしまい、体を壊した経験から
ダブルケアの認知度を上げる活動をしています。

お問い合わせはこちらからお願いします。→ Ka.ELLE 

 

こんにちは。
札幌でKa.ELLEとしてダブルケアの活動をしている野嶋成美です。

 

 

 

 

Facebookで数年前の今日の投稿が上がってきますよね。

最近、7年前と9年前の投稿が、やたらと上がってきて。

活動を始めて、投稿をがんばっていた時期なんだろうな~って思って見ています。

 

 

投稿に出てくるのは、いまだにつながっている方たちなので、懐かしいというよりも嬉しさのほうが強いです。

お互い、あの頃のまま、いえ、それ以上に活躍しているのは本当に嬉しい。

「もうこんなに経ったんだね」なんて確認するのも楽しいです。

 

 

ダブルケアイベントの演劇、おばあちゃん役

 

 

上の写真は2019年6月に岩手で開催したダブルケアのイベントに行ったときの写真です。

岩手奥州ダブルケアの会代表の八幡さんが作成したダブルケアのお芝居に、おばあちゃん役として出させてもらったときのものです。

ダブルケアサポートの東さん、植木さんもいらしていて、ダブルケアをたくさん語り合った時間でした。
 

 

こちらもFacebookに上がってきていて、嬉しくなってシェアしちゃいました。

これは7年前の話で、ずいぶん昔のことのようでもあり、つい昨日のことのようでもある、不思議な感覚です。

この写真のメンバーとは、この後「ダブルケア月間」を立ち上げることになります。

そう考えると、本当に感慨深い1枚です。

 

 

あれから数年が経ち、お互いにさらにパワーアップした今。

これからも大切な方たちと共に、一歩一歩活動を続けていきたいと思います。

数年後の自分がまた今日の投稿を振り返ったとき、「あの日も頑張ってたな」と笑顔になれるように。

今日も目の前の活動をがんばろうと思います。

 

 

【今日のひと言】

 

過去の投稿を教えてくれるシステム、いいですよね。

 

 


 

 

 

 

 

こんにちは。
札幌でKa.ELLEとしてダブルケアの活動をしている野嶋成美です。

 

 

 

 

今日6月21日は夏至ですね。

一年のうちで、もっとも昼の時間が長い日。

札幌もすっかり初夏の空気になってきて、お散歩や外出が気持ちいい季節になりました。

 


ですが、夏至といっても、特別なことをするわけではありません。

特に食べる物もないですし(食いしん坊)。

それでもここ数年は一年の節目の日として、他の二至二分と同様に意識するようになりました。

*二至二分とは二十四節気の中の冬至、夏至、春分、秋分を合わせた名称

 

 

夏至に食べるスイカ

*夏至の食べ物はスイカではない?

 

 

夏至をきっかけに今年の前半の自分を振り返るとーー。

 

今年に入ってからの私は、ずいぶん迷っていました。

何をしたいのか。

どこへ向かいたいのか。

自分でもよくわからなくなっていた時期がありました。

 

 

ですが、その時間は無駄ではなかったように思います。

迷ったからこそ見えたものがありました。

手放したものもあります。

そして、自分にとって本当に大切なものも少しずつですが見えてきました。

 

 

今年も残り半年。

自分に正直に、楽しさを優先して過ごしてみようと思います。

 

 

【今日のひと言】

 

ところで夏至で食べる物、あるのかしら?

 

 


 

 

 

 

 

こんにちは。
札幌でKa.ELLEとしてダブルケアの活動をしている野嶋成美です。

 

 

 

 

明日は父の日ですね。

だからでしょうか。

最近よく父のことを思い出しています。

 

 

 

 

父はあまり自分のことを話す人ではありませんでした。

「3歳から畑仕事していた」

そんな嘘だか本当だかわからない話はしていましたが、肝心なことを何一つ話していません。

 

 

そのことに気が付いたのは、父が亡くなってからでした。

どんな人生を歩んだんだろう。

おじいちゃんやおばあちゃんはどんな人だったんだろう。

 

 

知りたいと思ったときには、もう聞くことが出来ませんでした。

父のことを知っている親戚もきょうだいもほぼ亡くなっていて。

今となっては、もう父のことがわからない。

それは自分の歴史がわからないことでもありました。

 

 

もっと聞いておけばよかった。

そんな思いもあります。

でも今となってはどうしようもありません。

 

 

 

 

だから今思い出すのは、私が見て、知っている父の姿のみ。

きっとそれでいいんだろうな。

それが父らしさなんだろうな。

 

 

知らないことはたくさんあるけれど、父と過ごした時間は確かにありました。

それだけで十分。

そんなことを思うこの頃です。

 

 

【今日のひと言】

 

父の日に向けて、私から父への想いを書きました。