1.「昔ながらの厳しさ」と「体罰・暴力」は別物だと思います まず大前提として、
「甘やかし教育は良くない」ことと 、「だから体罰や暴力を使ってもいい」ことは、
まったく別の話です。
ルールをきちんと決める やるべきことをやらなかったら、筋の通った不利益
(遊べない・参加できないなど)を与える 逃げずに向き合う厳しさを教える、
こういう「厳しさ」は大事だと思います。
でもそれは、 殴る/蹴る/怒鳴り散らす/人格を傷つける という「暴力」とは違うはずです。
ここをごっちゃにして、 甘やかし か 暴力か、どっちか選べ みたいな二択にしてしまう時点で、
議論として非常に危ういと感じます。
2.法的にも「体罰はダメ」と結論が出ている 日本の学校教育法には、
「懲戒はできるが体罰はダメ」とはっきり書かれています。
これは「最近の若者に甘いから」とかではなく、
過去の事例・事故・虐待などを踏まえて、 社会が時間をかけて出した結論です。
ましてや、戸塚ヨットスクールは過去に、
訓練中の死亡・行方不明 それに対する傷害致死や監禁致死などの有罪判決 という重い結果まで出ています。
「行き過ぎただけ」「マスコミに叩かれただけ」というレベルではなく、
刑事裁判で違法と認定された行為があったことは事実です。
そういう過去がある側が、「体罰は本質的には正しい」と繰り返し発信することには、
どうしても強い違和感があります。
3.世界的にも「子どもへの体罰禁止」がスタンダードになっている 動画では、
「最近の考えはおかしい」「昔ながらの厳しさが必要」というニュアンスが強いですが、
子どもへの体罰や暴力的なしつけをやめるよう繰り返し勧告しています。
これは単なる「価値観の好み」ではなく、
体罰が子どもの脳・心の発達に悪影響を与える 攻撃性・反社会的行動・うつ傾向などの、
リスクを上げる という研究が、長年にわたって積み上がってきた結果です。
「昔はみんな殴られて育った」 「殴られたから今の自分がある」 、
という個人の感覚も否定しませんが、 それと「社会として何を是とするか」は別問題です。
4.「結果が出ているから正しい」という理屈の危うさ 動画や支持者の方のコメントでは、
問題児が立ち直った 卒業生が感謝している 成果が出ているから正しい という主張がよくあります。
ですが、これは「サバイバー・バイアス(生存者バイアス)」の典型です。
過酷な環境で「たまたま適応できた/たまたま成功した人」だけが、
表に出て「感謝している」と語る 一方で、 精神的な傷を負った人、
トラウマで声を上げられない人 死亡してしまった人 は、
そもそも「語る場」に現れない。
その結果、「うまくいった人」の話だけが集まり、
「あのやり方は正しかった」と錯覚しやすくなります。
本人が「ありがとう」と言っているからといって、
手段としての暴力や人権侵害まで正当化されるわけではないと思います。
5.「今の若者はひどい」「昔より荒れている」は本当か? 動画の中でもそうですが、
「最近の若いやつは…」「昔はもっと根性があった」 という語り方は、
どの時代の大人も言ってきた常套句です。
しかし、実際の統計で見ると、 少年犯罪の件数 不良行為として扱われる事案 などは、
1980年代頃をピークに、その後長期的には減少しています。
もちろん、別の問題(ネットいじめ、孤立、メンタルの問題など)はありますが、
「最近の若者が史上最悪に荒れているから、昔ながらの体罰が必要だ」
という話を正当化するだけのデータは見当たりません。
結局のところ、 自分が若い頃の感覚 当時の軍隊的な指導への、
ノスタルジー をベースに「今の若者」を批判しているだけに見えてしまいます。
6.「甘やかす教育」への批判には一部賛成。
でも結論がおかしい 正直に言うと、動画の中で語られている、
子どもを「お客様」扱いする 叱るべきところで叱らない 親が全部先回りして苦労させな。
こういった「行き過ぎた優しさ」への問題意識には、一定多数は共感する部分があります。
ただ、そこから一気に、 だから、殴る/怒鳴る/極端に厳しい合宿で叩き直すべきだ と飛躍してしまうのが、
根本的におかしいと思います。 厳しさを取り戻すことと、暴力を正当化することは、 同じ方向ではなく、
むしろ別の方向の話です。
7.本当に必要なのは「暴力のない厳しさ」だと思います。
子どもや若者に本当に身につけてほしいのは、
自分で考えて選ぶ力 失敗しても立ち上がる力。
他人への共感や想像力 自分の感情をコントロールする力 だと、思います。
殴られて身につくのは、 「力の強い相手には逆らえない」 「バレなければ暴力で支配してもいい」
といった、もっと原始的な学びです。 それを「教育」と呼んでしまっていいのかどうか、
真剣に考える必要があります。
厳しさが必要なら、 ルールと結果を明確にし、 暴力ではなく、筋の通った「責任の取り方」で学ばせる。
という方法がいくらでもあるはずです。
世界中の教育や心理の分野では、そうした「暴力に頼らない規律の作り方」
を模索し続けています。
8.「古い/新しい」ではなく、「人権」と「エビデンス」の問題。
令和ヨットスクールの動画では、「考えが古いと言われるが、それでも自分は譲らない」
というスタンスが強調されています。 しかし、本来問われるべきなのは、
古いか新しいか ではなく、 人の命と尊厳を守れているか 科学的・医学的な知見と整合しているか という点です。
昔は体罰も当たり前、女性差別も当たり前、長時間労働も当たり前でした。
そこから多くの犠牲と反省を経て、 「当たり前だったけど、やっぱりおかしかったよね」
と変えてきたのが、今の社会だと思います。 戸塚宏の主張は、その積み重ねを丸ごと否定して、
昔に戻ろう 殴ってでも根性を叩き込め と言っているようにしか見えません。 そ
れは「本質を突いた厳しさ」ではなく、 過去の過ちへの反省を無視した危険な逆行だと感じます。
9.最後に このコメント欄には、 「自分は殴られて良かった」「今のゆとり教育はダメだ」
といった声も多いですが、 その裏側で、殴られたことが原因で人生を壊された人も確実に存在します。
「俺は大丈夫だった」 「私は感謝している」 という個人の思い出だけで、
他人の子どもにも同じように暴力を容認する ところまで行ってしまうのは、
さすがに危険だと思います。 厳しさは必要。甘やかしすぎも問題。
ここまでは、令和ヨットスクールの動画とも多くの視聴者とも、同じ意見です。
でもだからといって、 体罰や過剰なスパルタを「正しい教育」として、
美化すること には、はっきり「NO」と言いたい。
だからこそ、何度も言うが、古いや時代遅れという訳では無く、
戸塚宏の思想は、これから起こりうるヤバい思想だと思った方が良い。