※BGMでも聴きながらお読みください。
大原櫻子 - 青い季節
昨夜から続く暴風雨。
屋根を叩く雨音と、家を揺らすような風の唸りが、眠りを浅く
する。
朝になって雨は少し弱まったものの、風は相変わらず強く、
しかも気温が高いせいか、生温い空気がまとわりつくようで
気持ちが悪い。
そんな落ち着かない空気の中、玄関の戸を叩く音がした。
この小さな集落では珍しくもない「配り物」だろうと思いながら
戸を開けると、そこに立っていたのは、同じように心身に障害
を抱える先輩だった。風にあおられながらも、しっかりと足を踏
ん張り、手には配布物を抱えている。
「これ、回ってるから」
そう言って差し出された紙を受け取りながら、思わず声をか
けた。
「こんな天気の中、大変ですね」
彼は少し苦笑いを浮かべて、ぽつりと話し始めた。
母親が心筋梗塞の発作で倒れ、つい最近入院したばかりだとい
うこと。
そして今は、その母親に代わって、朝の炊事を自分がやってい
るということを。
炊事といっても、難しいことをしているわけではない。
ご飯を炊いて、レトルトの味噌汁を用意するだけ。
それでも彼にとっては大きな負担であり、「結構大変だよ」と、
正直な言葉をこぼした。
それだけではない。
こうして配り物もこなしている。
暴風雨の中でも、やらなければならないことをやる。
その姿は、どこか必死で、そして現実に抗っているようにも
見えた。
玄関先で別れた後、しばらくその場に立ち尽くしてしまった。
自分はどうだろうか。
2日に1回ご飯を炊き、ゴミ出しをし、母の病院に付き添い、
必要があれば車を出して買い物に行く。それなりにやっている
つもりではいた。
でも、彼の話を聞いた後では、それが急に「少ないこと」のよう
に感じてしまう。
比べるものではないと分かっていても、心は勝手に比べてし
まう。
そして、もっと大きな不安が胸の奥から浮かび上がってくる。
彼の母親も、自分の母も、高齢だ。いつ何が起きてもおかしく
ない年齢に差し掛かっている。
もし、その「いつか」が突然やってきたとしたら―――
その時、自分はどうやって生きていけばいいのだろうか。
彼も、同じことをどこかで考えているのではないか。
あの苦笑いの裏には、日々の大変さだけではなく、これから先
の不安が滲んでいたように思える。
頼れる存在がいなくなった時、自分たちはどこに向かえば
いいのか。
身体も心も万全ではない中で、すべてを一人で背負っていけ
るのか。
答えは出ない。
暴風雨のように、先の見えない不安が心の中で渦を巻く。
けれど、ひとつだけ確かなことがある。
それは、「今」をどうにか生きているということだ。
彼は母親の代わりに炊事をし、この嵐の中でも配り物をして
いた。自分もまた、できる範囲で日々のことをこなしている。完璧
ではなくても、不十分だと感じても、それでも確かに生活は続いて
いる。
もしかしたら、「どうやって生きていけばいいのか」という問い
に、明確な答えはないのかもしれない。
ただ、その時その時で、できることをやるしかないのかもしれ
ない。
暴風雨は、いずれ止む。
空はまた晴れるかもしれない。
けれど、人生の不安は、そう簡単には消えてくれない。
それでも――
玄関先で見た彼の姿が、頭から離れない。
あの生温い風の中で、必死に立っていた姿が。
あれが「生きる」ということなのかもしれない、と少しだけ思
った。
不安を抱えながらでも、できることをやる。
先が見えなくても一歩ずつ進む。
暴風雨の中で、そんな当たり前でいて難しい現実を、静か
に突きつけられた気がした。
May be the best year of my life.














