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HOME MADE 家族 『君がくれたもの』
自分の人生を振り返るなんて普通の僕の年代では、まだ早い
だろうと思うけど、僕の場合、いつ何が起きるか判らないし
実際に時々、危機的な事が起きているし、最近もず~っと体
調が悪くてネガティブシンキング状態になりやすい。
ましてや僕は心も病んでいるし・・・。
本題に入るけど、僕はこれまでの半世紀以上の人生の中で、
まだ両親が保護者だった18歳頃までは実に実りある時期を
貧乏だったけど普通の人並みに過ごせたと思う。
そこは多分、世の中の誰よりも熱く濃く、記憶に残る一番の
幸せな時期もありました。
しかし、既にそこから僕の過ちは始まっていて、僕は全ての
人や物を粗末にしてきたのではないかと思うし、その一番大
事な時期に大事な人や物や事を良く考えてキチンと言葉の裏
に隠された本意とか真意を考えられる人だったら、僕の、そ
の後の人生は大きく変わってたし、その変化も良い方向に向
いていたと思う。
しかし、僕は余りにも粗雑な馬鹿人間過ぎた。
誰かの大きな思いを無駄にしたり、よく考えていたら、その
真意とか思いを気付く事が出来て真っ直ぐ歩けてただろう。
要は、その一番大事な時期の頃の僕は馬鹿過ぎたのだ。
幾つ大事な人を失い、思いの籠っている物を大事にせず相手
を傷付け自分は気付きもせず一人馬鹿な様に何事も無かった
かの様に過ごしていたのかと思うと情けなくて、勿体無さ過
ぎて、取り返せるものなら・・・キチンと想いを汲み直して
遣り直せるならと思うが過ぎた時間は元には戻る事は無い。
愛も情も無い結婚を単にヤケクソと脅しという、どうでも良
いという投げやりな事でして子を設けたけど3人いる内の2
人はDNA上の親子関係には無い。
当然、戸籍上は僕の子だし、僕は彼らが社会に出るまで何も
知らずに自分の子として育て、例え、DNA上は親子関係に
無いとしても実の子として今も応援してる。
そして、単に容姿が忘れられない人に似ているという理由だ
けで最初は不倫関係になり出来たのも息子2人で5男を設け
た事になるけど、僕が欲しかったのは高校生の頃から娘だっ
た。
確かに娘は出来た。
しかし、生まれてくる事は無かった。
だからかな、「私の事を忘れないで」という意味で出来たの
は5人全員、男の子だったのは・・・・。
僕は、そうだと確信してるが、その運命が変わったのは、家
内と再婚する前の2016年僕は死後の世界で生まれて無か
った娘と対面し、普通なら、そのまま親子3人で、あの世で
暮らせる筈だったのに、どこの病院の循環器内科の先生も他
の医師も医学の常識では説明出来ないという蘇生を果たし、
そのまま、向こうの世界に居たかったのに無理矢理、現世に
戻された。
意識が戻ってICUの中で「何でだよ。何でだよ。」と何度
も思った。
何故なら僕は、その頃、難病の手術を2度もし、心も病んで
いて入退院を繰り返してたし、一日も早く死にたいとばかり
考えてたから。
ただ、それまでは死後の世界があるなんて信じて無かった。
「死」というのは全身麻酔の様に当然、真っ暗な世界になり
そこからは「無の世界」になるのだと、ずっと信じてたから。
決して僕は理想的な夫では無かったし、戸籍上、僕の妻とし
て送り出してあげる事も出来なかった。
人生の悔いの一番大きな1つでもある。
僕の人生は「後悔」に満ち溢れている。
それだけ、しっかり生きて来なかったという事なのだろう。
しかし、僕は、そういう人達に無理矢理生かされた意味を知
るのは、それから更に時間が必要でした。
それは、総合病院に入院すると夜に時々、色々な声が聞こえ
てくるという前兆現象はありましたが、叔母ちゃんの「死」
で僕は一度死んでいて、向こうの世界で会話していない人と
は会話出来る事を知りました。
叔母ちゃんは母を除いて世界最大の僕の理解者であり、前妻
の嘘が原因で親戚から地域の人々全員から鼻つまみ者の僕で
したが、叔母ちゃんと従姉だけには真実を伝えていたので、
確かに僕も不倫してた時期があり二人の子が居て社会に出る
までお金を送り、育てていたけど、前妻は、それよりも遥か
以前から不倫し、しかも不倫相手からご丁寧にB型肝炎まで
移され、B型肝炎は必ず母子感染する病気で、自分だけ病院
に行き、息子達には内緒にしている事実を知り、結局は僕が
悪者になる事で息子達を病院に行かせ検査させたけど、長男
だけは陰性で二男と三男は陽性。
つまり、長男だけがDNA上も僕の息子だと判ったし、とに
かく避けて避けていた僕は何とか前妻から病気を移されて無
かった。
それが知れて、前妻が僕の親族や地域の人に対して着いた嘘。
それは三男が難病を持ち生まれてきたのは僕からB型肝炎を
移されたからという嘘が瓦解した瞬間でしたが、僕と母は子
供達の気持ちを最優先にし僕は一生悪者でも良いから、親戚
親族、地域の人々には真実は話さず、前妻がついた嘘を、そ
のままにしておいた。
だから、今も悪者は僕のままです。
まぁ僕も外に二人も子を設けたのだからフィフティーフィフ
ティーでしょう。
ただ、唯一、交流があった叔母ちゃんと叔母ちゃんと一緒に
住んでいる従姉にだけは真実を伝えた。
それでも叔母ちゃんは僕と変わらずに接してくれたし母と叔
母ちゃんと従姉だけが僕の応援団だった。
その叔母が亡くなり、初めて僕は亡くなった人で向こうの世
界で話した人以外の人とは話せる事も知ったし、向こうから
来る場合には全く体力も要らず話を聞くだけで良いけど、自
分が話したい人を呼ぶには非常に大きな体力が必要だと知り
ました。
最初は叔母ちゃんが来てくれて話すだけなので体力は必要無
かったけど、一度だけ義妹を呼んだ事があったし僕の方から
叔母ちゃんを呼んだ事もあり、その時は凄く疲れるだけでし
たが、今は自分から呼ぶと心臓が止まりそうな位、体力が必
要なので呼ばない様にしている。
叔母も今の家内との出会いをさせてくれ、僕が、こちらの地
域にも馴染み、幸せに暮らせていたら、滅多に来てくれない
し、本当に困っている時、例えば先日の解離性健忘症の時の
自殺騒ぎとか家内と離婚するとか言い出した頃には呼んでも
来てくれない。
要は自分だけの考えで解決しろという事。
しかし、流石、叔母ちゃんが片道600kmも離れた所にし
か居なかった家内の心ある対応のお陰で僕は最愛の家族を失
わず今ものうのうと生きていられる。
以前、年金支給日の時に、久し振りに金魚や、熱帯魚とか
色々な飼育機器、餌から何でも揃ってて僕が金魚を飼い始め
てからずっとお世話になっている店に開店前1時間前に着い
て、本当なら時間的に1度家に帰る事も出来たのだけど、ガ
ソリンが無駄になるので店の前で音楽を聴きながら待ってた
ら、突然、叔母ちゃんが久し振りに来てくれた。
叔母ちゃんの話しの全てを話を全て書く気は無いので一部だ
け書くと、先ず二人は僕が再び逝くまで待っているから今の
愛する家族との時間を有意義に過ごし家内を大事にし、なる
べく悲しませない様に心の調節も体調も大事にしろという事
と、母と電話で話す時は、幾ら具合が悪くても無理をしてで
も元気な声で話してあげて欲しい。
母は僕の事を一番に考え心配してるから、母を不安にさせた
りしないで欲しいと言われました。
確かに今朝、母と話した時に、体調が思わしく無かったので
元気の無い声で母は、とても心配していた。
叔母ちゃんに言われて後悔した。
そうあろうと心掛けてはいたつもりだったけど、今朝は、そ
こまで気が回らず、しかも具合が悪いとまで言ってしまい母
に心配を掛けてしまった。
僕は叔母ちゃんにお願いをした。
「例え1秒でも0.5秒でも良いから母より長生き出来る様
に見守ってくれませんか?」と。
叔母ちゃんは何も答えなかったけど、それは自分で考えて養
生しろという事なんだろう。
自暴自棄にならず身体を労われという事なのだろう。
運命を変える事が出来るという人がいる。
自分自身の生き方次第で変えられると。
しかし、そういう努力を含めて運命なのでは無いでしょうか?
生きている人の運命を変える事は、幾ら、もがいても変えれ
ない、寿命という人生の蝋燭の長さも太さも変える事は出来
ない。
僕が、あの世から奇跡的に現世に戻されたのも運命。
多分、僕が持っている数々の病気の事を考えたら、普通の同
年代の人と同じだけ生きる事は不可能だと思う。
でも、昔の様に大事な人、事、物を見逃さず大切にしていき
たい。
見逃さない様にキチンと考えて生きたい。
今日、叔母ちゃんは、それを教える為に来てくれたのだと思
う。
当然、母の事も含めて・・・・。
でも折角、叔母ちゃんが見つけてくれた家内とは障碍のある
三女から家内が離れられず会話も一日五分かるかどうかだ。
二女からは心の底から離婚して欲しいと言われたし今は家族
の態度も変わり唯一の楽しみだった医大までのドライブも止
められ車も売り払われてしまった。
今の僕は家と言う牢獄に入れられ、何所にもいけない。
月に1度だけ介護タクシーで通院するけど、何も楽しくない。
自分で車を運転して行ってた頃はドライブが楽しかった。
それを急に二女が余計な事を言い、家内も二女には言い返せ
なく結局、二女側に回り、実家に居た頃から殆ど変わらない
処方箋なのに急に車の運転は禁止だと言い出した。
薬の副作用には「注意」とは書いてあるけど「禁止」とは書
いていない。
悔しくてしょうがない。
そして、此処での僕の役目は何も無い。
むしろ迷惑を掛けるだけだ。
毎日が苦痛だ。
離婚になるのか別居になるのか家内次第だけど、僕は実家に
戻り母と暮らす事に決めた。
車を売られてしまったから向こうで乗れる安い車が無いか調
べたら偶然に同市の隣町に目的の車がありました。
ネットサイトから問い合わせしたけど、電話でも問い合わせ
してみようと思う。
車のナンバーは向こうに住所変更してからにしようと思って
います。
実家に帰っても車で出かけるのは、整形外科と循環器内科で
実家の県の医大に、そして精神科は実家に居た頃にお世話に
なった特定医療法人の病院に、転院しようと考えているので
最低でも月に2度、多くても3回受診する時と海が観たくな
れば家から車で5分なので簡単に行ける。
何より80歳を超えた母を独りにしないで済むから安心だ。
母には迷惑かもしれないけどね。
May be the best year of my life.




























