八つの病院と、それぞれ二つの薬袋――母と僕の通院生活、そして共倒れを防ぐために。 | 幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

雨音はショパンの調べ 小林麻美

 

 

 

 

 

母が4つ。

 

 

僕が4つ。

 

 

合わせて8つ。

 

 

そして薬局が2回。

 

 

これが、僕と母が毎月通っている病院と、処方箋に基づいて

 

 

薬を受け取るために薬局へ行く回数です。

 

 

こう書いてみると、改めて凄い数だと思います。

 

 

普通に生活している人からすれば、

 

 

「病院が8つ?」

 

 

と驚かれるかもしれません。

 

 

僕自身も、こんな生活になるとは思っていませんでした。

 

 

若い頃なら、病院なんて具合が悪くなった時に行くところだ

 

 

と思っていました。

 

 

ところが歳を重ね、病気が増えてくると、病院は「具合が悪

 

 

くなった時だけ行く場所」ではなくなります。

 

 

毎月、決まった日に行く。

 

 

診察を受ける。

 

 

検査をする。

 

 

薬を処方してもらう。

 

 

そして、また次の月がやってくる。

 

 

その繰り返しです。

 

 

僕の場合、4つの病院。

 

 

母も4つの病院。

 

 

それだけでも大変なのですが、幸いなことに薬局へ行く回数

 

 

は2回で済んでいます。

 

 

「病院が8つなのに、どうして薬局は2回なの?」

 

 

と思うでしょう。

 

 

これには理由があります。

 

 

精神科の病院は、僕も母も通院していますが、そこは院内

 

 

処方です。

 

 

つまり、病院の中で薬を出してもらえる。

 

 

だから薬局へ行く必要がありません。

 

 

そして、それ以外の病院については、できるだけ通院日を

 

 

合わせています。

 

 

同じ日に診察を受け、それぞれの病院から処方箋を出して

 

 

もらい、それを一つの薬局に持っていく。

 

 

そこで、まとめて一つの袋にしてもらっています。

 

 

僕の場合は、さらに少し特殊です。

 

 

精神科の薬は本来なら院内処方なのですが、それまで薬局に

 

 

持ち込んで、他の薬と一緒に一つの袋にまとめてもらって

 

 

います。

 

 

薬局からすれば、もしかしたら迷惑な話なのかもしれません。

 

 

「またこんなにたくさんの薬を……」

 

 

と思われているかもしれません。

 

 

それでも、僕にとっては非常に助かっています。

 

 

なぜなら、薬袋がバラバラにならないからです。

 

 

僕は今、二つの薬袋で済んでいます。

 

 

これだけでも、薬を管理する側からすると大きな違いです。

 

 

母の薬についても同じです。

 

 

以前は、病院ごとに薬を処方されていました。

 

 

すると、「これはどこの病院の薬だ?」「これは朝だっ

 

 

たか?」「これは食後だったか?」「この薬はまだ飲んで

 

 

いたっけ?」

 

 

と、薬を管理する僕の負担が大きくなっていました。

 

 

母自身で薬を管理することが難しくなっている以上、僕が

 

 

管理するしかありません。

 

 

しかし、病院ごとに薬がバラバラに出てくると、それだけで

 

 

かなりの重荷になります。

 

 

今は、母の薬も3つの病院分を一つの袋にまとめてもらって

 

 

います。

 

 

これだけでも、本当に助かっています。

 

 

さらに母の4つ目の病院は検査だけで、薬はありません。

 

 

これも助かっています。

 

 

8つの病院と聞くと、とんでもない数に感じますが、こうし

 

 

て少しでも整理することで、何とか毎月の生活を回している

 

 

わけです。

 

 

そして、今月も月が変わりました。

 

 

また病院通いの始まりです。

 

 

まずは僕の病院からスタート。

 

 

次に母。

 

 

そして僕の病院は月の後半に集中しています。

 

 

毎月、カレンダーを見ながら、

 

 

「今月はこの日が病院」

 

 

「この日は母」

 

 

「この日は僕」

 

 

と予定を確認する。

 

 

気がつけば、カレンダーの中に病院の予定がたくさん並んで

 

 

います。

 

 

それを一つずつ消化していく。

 

 

まるで病院通いが、僕の生活の一部というより、生活その

 

 

ものになっているような感じです。

 

 

しかも、僕には新しい問題まで加わりました。

 

 

今まで抱えていた病気に加えて、両膝の痛みまで出てきま

 

 

した。

 

 

今までは薬だけで何とかしていました。

 

 

ところが、先月からは注射まで追加されました。

 

 

薬を飲むだけでも大変なのに、今度は注射です。

 

 

もう、「正にトホホ……」です。

 

 

病気が一つ増えるたびに、病院が増える。

 

 

治療が一つ増えるたびに、薬が増える。

 

 

そして、それを管理する手間も増える。

 

 

歳を取るというのは、こういうことなのかもしれません。

 

 

若い頃には想像もしなかったことが、次々と自分の身に起き

 

 

てきます。

 

 

でも、僕には病院通いをやめるという選択肢はありません。

 

 

薬を飲むことをやめることもできません。

 

 

僕の場合、通院をやめ、必要な投薬までやめてしまえば、

 

 

即、命に関わります。

 

 

だから、どれだけ面倒でも、どれだけ疲れていても、通い続

 

 

けるしかありません。

 

 

「今日は病院に行きたくないな」

 

 

と思う日もあります。

 

 

「もう薬なんて嫌だ」

 

 

と思うこともあります。

 

 

それでも行く。

 

 

それでも薬を飲む。

 

 

生きるために必要だからです。

 

 

そして、僕自身のことだけなら、まだ何とかなるのかもしれ

 

 

ません。

 

 

問題は母です。

 

 

母も、以前とは大きく変わりました。

 

 

足腰が弱っている。

 

 

それだけではありません。

 

 

認知機能の低下も、かなり進んできています。

 

 

最初の頃は、

 

 

「15分前に話したことを忘れている」

 

 

という程度でした。

 

 

ところが最近では、それが「5分」になってきました。

 

 

さっき話したことを、また聞かれる。

 

 

今やったことを忘れる。

 

 

何度説明しても、また同じことを聞く。

 

 

それが繰り返されます。

 

 

最初は、「歳だから仕方ない」と思っていました。

 

 

でも、今ではそう簡単に済ませられる状態ではなくなって

 

 

きました。

 

 

母は、足腰が弱っているだけではありません。

 

 

入浴も一人では難しい。

 

 

ご飯の支度もできない。

 

 

日常生活のほとんど全てと言っていいほど、僕がやらなけれ

 

 

ばならなくなっています。

 

 

つまり、母の生活そのものが僕に圧し掛かってきているの

 

 

です。

 

 

もちろん、母を放っておくことはできません。

 

 

僕にとって母は、母親です。

 

 

ここまで育ててもらった恩もあります。

 

 

だから、できる限りのことはしたい。

 

 

そう思っています。

 

 

でも――。

 

 

僕自身も病気を抱えています。

 

 

僕自身も通院しなければならない。

 

 

薬も飲まなければならない。

 

 

そして今では両膝まで痛い。

 

 

そんな僕が、母の生活を全て背負うというのは、正直言って

 

 

限界があります。

 

 

このままでは、本当に「共倒れ」になってしまいます。

 

 

母を支えるために僕が倒れてしまったら、何にもなりません。

 

 

僕が倒れたら、母も困る。

 

 

母が困れば、僕も困る。

 

 

そう考えると、今の我が家にとって一番大切なのは、母だけ

 

 

を守ることでも、僕だけを守ることでもありません。

 

 

二人とも倒れないようにすることです。

 

 

そのためには、デイサービスの回数を増やすしかないと思っ

 

 

ています。

 

 

母は嫌がるでしょう。

 

 

「行きたくない」

 

 

「家にいたい」

 

 

いろいろと言うと思います。

 

 

でも、僕はもう、母が嫌がるからという理由だけで諦める

 

 

わけにはいきません。

 

 

必要なことは、必要なのです。

 

 

これは母をどこかへ追いやりたいからではありません。

 

 

母を嫌いだからでもありません。

 

 

むしろ逆です。

 

 

これからも母と一緒に暮らしていくために、デイサービスを

 

 

利用する。

 

 

母のためでもあり、僕自身のためでもあるのです。

 

 

僕一人で全てを抱え込んでしまえば、いつか限界が来ます。

 

 

限界を超えてしまえば、母の介護どころか、自分自身の治療

 

 

までできなくなってしまう。

 

 

それだけは避けなければなりません。

 

 

だから、どれだけ母が嫌がっても、デイサービスの回数は増

 

 

やすつもりです。

 

 

それが、今の我が家を存続させるために必要なことだから

 

 

です。

 

 

そして何より――。

 

 

僕自身が生きていくためにも必要なことなのです。

 

 

「自分の親を施設やデイサービスに預けるなんて……」

 

 

そんなふうに思う人もいるかもしれません。

 

 

でも、介護する側が倒れてしまったら、誰も幸せにはなり

 

 

ません。

 

 

一人で頑張り続けることが、必ずしも「親孝行」ではない

 

 

のだと思います。

 

 

人の手を借りる。

 

 

介護サービスを利用する。

 

 

誰かに助けてもらう。

 

 

それも立派な介護なのだと思います。

 

 

むしろ、これから先も母と一緒に暮らしていくためには、

 

 

僕が無理をしすぎないことが重要なのです。

 

 

病院へ行く。

 

 

薬を受け取る。

 

 

ピルケースで薬を整理する。

 

 

母の病院にも連れていく。

 

 

食事を用意する。

 

 

入浴を手伝う。

 

 

家のことをする。

 

 

そして、自分自身の体の痛みとも付き合う。

 

 

これを全部一人でやるのは、簡単なことではありません。

 

 

毎月、同じことを繰り返していると、それが当たり前に

 

 

なってしまいます。

 

 

でも、ふと立ち止まって考えると、

 

 

「よくやっているな、俺……」と思うことがあります。

 

 

誰かに褒めてもらえるわけでもありません。

 

 

給料が出るわけでもありません。

 

 

休日があるわけでもありません。

 

 

それでも、やるしかない。

 

 

母がいるから。

 

 

そして、自分も生きていかなければならないから。

 

 

辛いです。

 

 

本当に辛い。

 

 

でも、辛いからといって、投げ出すわけにもいきません。

 

 

8つの病院。

 

 

2回の薬局。

 

 

大量の薬。

 

 

そして、これから増えていくかもしれない介護サービス。

 

 

毎月、毎月、これらを一つずつこなしていく。

 

 

僕の人生は、華やかなものではありません。

 

 

病院と薬と介護。

 

 

そんな言葉ばかりが並んでいます。

 

 

それでも、その中で何とか生活を続けています。

 

 

薬をまとめてくれる薬局にも感謝しています。

 

 

病院の先生方にも感謝しています。

 

 

介護を支えてくれる人たちにも感謝しています。

 

 

そして、僕自身にも少しだけ言ってやりたい。

 

 

「よく頑張っているな」と。

 

 

これから先、もっと大変になるかもしれません。

 

 

母の認知機能がさらに低下するかもしれない。

 

 

僕の体も、今以上に動かなくなるかもしれない。

 

 

病院や薬が増えるかもしれない。

 

 

それでも、今できることを一つずつやるしかありません。

 

 

母が一人でできないことが増えたのなら、誰かの力を借

 

 

りる。

 

 

僕一人でできないことが増えたのなら、誰かに助けても

 

 

らう。

 

 

そうやって、二人で倒れないように暮らしていく。

 

 

それが今の僕にできる、一番現実的な方法なのだと思い

 

 

ます。

 

 

病院へ行くのも面倒。

 

 

薬を管理するのも面倒。

 

 

介護をするのも辛い。

 

 

時々、全部投げ出したくなる。

 

 

でも、投げ出したら終わってしまう。

 

 

だから、また今月も病院へ行きます。

 

 

母を病院へ連れていきます。

 

 

薬局へも行きます。

 

 

薬も整理します。

 

 

そして、母にはデイサービスへ行ってもらいます。

 

 

母には母の人生があり、僕には僕の人生がある。

 

 

その二つの人生を、これからも何とか一緒に続けていく

 

 

ために。

 

 

「辛いけれど、やるしかない」

 

 

今の僕の気持ちを一言で表すなら、これしかありません。

 

 

トホホな毎日です。

 

 

でも、それでも今日を生きています。

 

 

明日も生きるために、薬を飲みます。

 

 

そしてまた、病院へ行きます。

 

 

それが僕と母の、今の生活なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

May Be the Best Year Of My Life.