奪われた人生を、もし返してもらえるなら――美玖と婚約者と歩くはずだった人生 | 幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

「オフコース] 言葉にできない

 

 

 

 

僕は高校生の頃から、婚約者に「いつか娘が欲しい」と話し

 

 

ていました。

 

 

男の子ではなく、女の子が欲しかった。

 

 

もちろん、子供が元気に生まれてくれることが一番なのです

 

 

が、それでも僕の心の中には、ずっと「娘が欲しい」という

 

 

思いがありました。

 

 

そして、婚約者との間に子供ができた時、僕は本当に嬉し

 

 

かった。

 

 

まさか、その幸せが突然、そしてあんなにも惨い形で奪われ

 

 

ることになるなんて、その時の僕には想像すらできませんで

 

 

した。

 

 

僕たちは、生まれてくる娘の名前まで決めていました。

 

 

名前は「美玖」。

 

 

僕にとって、美玖という名前は単なる名前ではありません。

 

 

生まれてくるはずだった一人の娘の名前です。

 

 

僕が父親になり、婚約者が母親になる。

 

 

そんな未来を当たり前のように思い描いていました。

 

 

僕たちは若い親になるはずでした。

 

 

だから、娘が生まれたら、僕たちのことを「パパちゃん」

 

 

「ママちゃん」と呼ばせようなんて話までしていました。

 

 

今思えば、そんなことを二人で話していた時間そのものが

 

 

僕にとっては幸せだったのだと思います。

 

 

まだ生まれてもいない娘のことを考えながら、

 

 

「大きくなったら、どんな子になるんだろう」

 

 

「どんな顔をするんだろう」

 

 

「どんな学校へ行くんだろう」

 

 

「どんな男の人と結婚するんだろう」

 

 

そんなことまで考えていた。

 

 

親になるというのは、まだ存在していない未来まで愛する

 

 

ことなのかもしれません。

 

 

僕は、その未来を疑っていませんでした。

 

 

婚約者と娘と、三人で暮らす人生が当然のように続いていく

 

 

と思っていた。

 

 

ところが、その未来は交通事故によって一瞬で消えてしまい

 

 

ました。

 

 

婚約者も、お腹の中にいた美玖も、僕の前からいなくなって

 

 

しまった。

 

 

そして僕には、その後の人生だけが残されました。

 

 

僕は今でも、ときどき考えてしまいます。

 

 

「あの時、僕がクリスマスプレゼントを先に渡していなか

 

 

ったら……」

 

 

そう考えると、今でも胸が苦しくなります。

 

 

もちろん、事故が起きた原因を僕一人の行動に結びつける

 

 

ことが正しいのかどうか、それは僕自身にも分かりません。

 

 

事故というものは、いくつもの偶然が重なって起こるものな

 

 

のかもしれません。

 

 

それでも僕の中には、消えることのない罪の意識があります。

 

 

「あの時、ああしていなければ」

 

 

「別の選択をしていたら」

 

 

「僕が違うことをしていたら」

 

 

何十年経っても、そういう「もし」が頭から消えてくれない

 

 

のです。

 

 

人間というのは不思議なものです。

 

 

何十年も前の出来事でも、自分の心の中では昨日のことの

 

 

ように残っている。

 

 

時間が経てば傷が完全に消えると思っていた。

 

 

でも、そうではありませんでした。

 

 

傷は消えるのではなく、自分の中に残ったまま、その傷を抱

 

 

えて生きることを覚えていくのかもしれません。

 

 

そして、もし二人が生きていたら――。

 

 

僕は、そんな人生を時々想像します。

 

 

もちろん、これは現実ではありません。

 

 

僕の頭の中にある、もう一つの人生です。

 

 

もし、あの日に二人を失っていなかったら、今頃僕はどうし

 

 

ていたのだろう。

 

 

きっと鎌倉に家を建てていたのではないかと思います。

 

 

婚約者と二人で暮らす家。

 

 

そして、そこには娘の美玖がいる。

 

 

小さかった美玖が成長し、高校へ行き、大学へ行き、やがて

 

 

社会人になって……。

 

 

そして、いつか好きな男性と出逢い、結婚する。

 

 

僕はきっと、娘の結婚式で泣いていたでしょう。

 

 

「とうとう嫁に行くのか」

 

 

なんて言いながら、嬉しいのか寂しいのか分からない顔をし

 

 

ていたのではないでしょうか。

 

 

そして、娘が結婚して家を出た後は、婚約者と二人で第二の

 

 

人生を歩いていた。

 

 

そんな人生だったのではないかと思います。

 

 

僕は、その頃には天下り先で暫く働いていたかもしれません。

 

 

でも、家族との時間を全部犠牲にするような働き方はしてい

 

 

なかったと思います。

 

 

仕事は仕事。

 

 

家庭は家庭。

 

 

そんなふうに割り切って、二人との時間を大切にしていたで

 

 

しょう。

 

 

天下り先も常駐して仕事をするような場所ではなかったはず

 

 

です。

 

 

だから、時間ができれば婚約者と二人で出掛けていたと思い

 

 

ます。

 

 

鎌倉から湘南海岸道路を走る。

 

 

窓を少し開けて、海から入ってくる風を感じながら、車の中

 

 

ではサザンオールスターズの曲を聴く。

 

 

僕にとって、そんな時間は最高の贅沢だったでしょう。

 

 

別に高級なレストランに行く必要もない。

 

 

豪華な旅行をする必要もない。

 

 

ただ二人で車に乗って、海を眺めながら走る。

 

 

時々、海岸に車を止めて、二人で海を散歩する。

 

 

そんな普通の一日が、僕にとっては最高に幸せな一日だった

 

 

と思います。

 

 

そして、もっと時間が経てば、娘の美玖も家庭を持っていた

 

 

でしょう。

 

 

そして時々、孫を連れて僕たちの家へ遊びに来る。

 

 

「おじいちゃん!」

 

 

そう言って走ってくる孫を、僕はきっと笑いながら抱き上げ

 

 

ていた。

 

 

婚約者は、孫の世話を焼きながら、

 

 

「おじいちゃん、甘やかしすぎよ」

 

 

なんて僕に言っていたかもしれません。

 

 

僕は、「いいんだよ、孫なんだから」

 

 

なんて言い返していたかもしれない。

 

 

そんな光景を想像すると、僕の中に何とも言えない気持ちが

 

 

湧いてきます。

 

 

幸せだっただろうな……と思うのです。

 

 

僕は、そんな人生を歩くはずだった。

 

 

婚約者と二人で歳を重ね、美玖の成長を見守り、やがて孫ま

 

 

で抱く。

 

 

そして、夫婦二人になってからは、

 

 

「昔はいろいろあったな」

 

 

なんて話しながら、湘南の海を眺めている。

 

 

そんな人生が、僕の前にもあったはずなのです。

 

 

でも、その人生は存在しません。

 

 

僕の記憶の中にしかありません。

 

 

写真にも残っていない未来。

 

 

実際には経験していない思い出。

 

 

それでも、僕の中では確かに「そうなっていたかもしれな

 

 

い人生」として存在しています。

 

 

だから、時々思ってしまいます。

 

 

僕の奪われた人生を返してほしい。

 

 

返してもらえるものなら、返してほしい。

 

 

婚約者と過ごすはずだった時間を。

 

 

娘の成長を見守るはずだった時間を。

 

 

娘の結婚式で泣くはずだった時間を。

 

 

孫を抱くはずだった時間を。

 

 

夫婦二人で海岸を歩くはずだった時間を。

 

 

そんな、僕が一度も経験することのできなかった「普通の

 

 

幸せ」を返してほしい。

 

 

そう思うことがあります。

 

 

でも、人生には時間を巻き戻すことができません。

 

 

どれだけ願っても、あの日に戻ることはできない。

 

 

「もしも」という言葉を何度繰り返しても、現実は変わら

 

 

ない。

 

 

だから僕は、時々こうして頭の中で別の人生を歩いてみる

 

 

のです。

 

 

鎌倉の家で婚約者と暮らしている僕。

 

 

そこへ美玖が帰ってくる。

 

 

そして、その美玖が孫を連れて遊びに来る。

 

 

僕は孫に振り回されながら笑っている。

 

 

婚約者も笑っている。

 

 

そんな家の中には、きっと笑い声がいっぱいあったで

 

 

しょう。

 

 

それは僕が本当に欲しかった人生です。

 

 

お金でもありません。

 

 

地位でもありません。

 

 

名誉でもありません。

 

 

ただ、愛する人たちと一緒に生きること。

 

 

朝起きて、

 

 

「おはよう」

 

 

と言えること。

 

 

一緒に食事をすること。

 

 

休みの日に海へ行くこと。

 

 

娘の成長を喜ぶこと。

 

 

孫の誕生を喜ぶこと。

 

 

年老いた婚約者と、「もう歳を取ったな」

 

 

と笑い合うこと。

 

 

そんな何気ない人生が欲しかった。

 

 

僕にとっては、それが何よりの幸せだったのです。

 

 

でも、その人生は僕には与えられませんでした。

 

 

だからこそ、今でも「もしも」を考えてしまう。

 

 

それは、過去にしがみついているだけなのかもしれません。

 

 

あるいは、失ったものがあまりにも大きかったからなのかも

 

 

しれません。

 

 

僕には分かりません。

 

 

ただ一つ分かるのは、あの事故によって僕の人生が大きく変

 

 

わったということです。

 

 

その後、僕がどんな人生を歩んできたのか。

 

 

楽しいこともありました。

 

 

幸せだと思える瞬間もありました。

 

 

でも、心の奥底にはいつも「あの日から続いている空白」が

 

 

あります。

 

 

そこに本来なら、婚約者と美玖がいた。

 

 

そう思ってしまうのです。

 

 

僕が今こうして「もし二人が生きていたら」と想像するのは

 

 

二人を忘れられないからです。

 

 

そして、二人と過ごすはずだった未来を、今でも大切に思っ

 

 

ているからです。

 

 

人生は一度しかありません。

 

 

やり直すこともできません。

 

 

だからこそ、失った人生を思うと悔しい。

 

 

本当に悔しい。

 

 

「どうして僕だったのだろう」

 

 

「どうして二人だったのだろう」

 

 

何度考えても答えは出ません。

 

 

ただ、もし神様がいるのなら、いつか僕の心の中にある

 

 

この問いに答えてほしいと思うことがあります。

 

 

そして、もし本当に一つだけ願いが叶うのなら――。

 

 

僕は、過去を全部やり直したいとは言いません。

 

 

ただ、婚約者と美玖が生きていた人生を、一度だけ見せて

 

 

ほしい。

 

 

鎌倉の家で笑っている僕たち。

 

 

大人になった美玖。

 

 

結婚して、子供を連れて帰ってくる美玖。

 

 

孫を抱いて嬉しそうに笑う婚約者。

 

 

そして、その隣で幸せそうに笑っている僕。

 

 

そんな光景を、一度だけ見せてほしい。

 

 

きっと僕は、その光景を見たら泣くでしょう。

 

 

「これが僕の歩くはずだった人生だったんだ」

 

 

そう思って、声を出して泣くかもしれません。

 

 

でも、その涙は悲しいだけではないと思います。

 

 

「こんな幸せな人生が、僕にもあったのか」

 

 

そんな思いで泣くのだと思います。

 

 

そして最後に、僕は二人にこう言うでしょう。

 

 

「幸せにしてくれて、ありがとう」

 

 

現実には叶わなかった人生。

 

 

けれど、僕の心の中では今でも、その人生を想像することが

 

 

できます。

 

 

鎌倉の街。

 

 

湘南の海。

 

 

サザンオールスターズの曲。

 

 

隣にいる婚約者。

 

 

そして、僕の娘、美玖。

 

 

その先には孫たち。

 

 

そんな光景を思い浮かべながら、僕は今日も「もしも」の

 

 

人生を心の中で歩いています。

 

 

そして、最後に一つだけ。

 

 

僕の奪われた楽しくも幸せな人生を、返してもらえるもの

 

 

なら返してほしい。

 

 

これは恨みなのかもしれない。

 

 

悔しさなのかもしれない。

 

 

未練なのかもしれない。

 

 

それとも、ただ失ったものを大切に思っているだけなのかも

 

 

しれません。

 

 

 

 

 

 

 

May Be The Best Year Of My Life.