自分の仕事は、誰かの記憶に残っているのだろうか? | 幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

幸せは私の中に そしてあなたの中に。 だけど本当の幸せって何だろう?

克服出来ない病は世の中に沢山ある。自分も数々の克服出来ない心の病と身体の病に罹患している。他人の痛み知る努力をし、思い遣りの心で知り応援したい。努力によって人は誰しも大きな失敗でも取り戻せる。努力によって人は誰しも生きる尊厳を取り戻す事ができる。

 

 

 

 

※BGMでも聴きながらお読み下さい。

 

 

Mr.Children 「足音 〜Be Strong」

 

 

 

 

 

 

 

世の中には「人格者」と呼ばれる人がいる。

 

 

だが、正直に言えば、僕にはその基準が今でもよく判らない。

 

 

人格者とは何なのだろう。

 

 

人に優しい人なのか。
 

 

偉業を成し遂げた人なのか。
 

 

地位や名誉を得た人なのか。
 

 

それとも、自分を犠牲にしてでも誰かを守った人なのか。

 

 

NHKのドキュメンタリー番組を観ていると、大きな橋を造

 

 

った人、巨大ダムを建設した人、日本の未来を変えるような

 

 

プロジェクトを成功させた人達が紹介される事がある。

 

 

何十年経っても、その仕事は地図に残る。
 

 

人々の暮らしを支え続ける。

 

 

確かに凄いと思う。

 

 

きっと、世間ではそういう人達を人格者と呼ぶのだろう。

 

 

では、自分はどうだったのだろうか。

 

 

長いサラリーマン人生を振り返る時、時々そんな事を考える。

 

 

自分は何を残せたのか。

 

 

出世の為だけに働いていた訳ではない。
 

 

しかし、自分が納得出来るような「誰かの記憶に残る仕事」

 

 

があったのかと問われると、答えに詰まる。

 

 

地図に残る仕事。
 

 

歴史に残る仕事。
 

 

誰かの命を守った仕事。

 

 

そういうものが自分にあっただろうか。

 

 

敢えて言えば、一つだけ心に深く残っている仕事がある。

 

 

かつて日本社会を震撼させた宗教団体への強制捜査だ。

 

 

あの時代を知る人なら忘れられないと思う。

 

 

普通に会社へ向かっていた人々の日常が、一瞬で地獄へ変わ

 

 

った。
 

 

罪の無い人々が命を落とし多くの人が心身に深い傷を負った。

 

 

日本中が恐怖に包まれていた。

 

 

あの事件以降、日本社会の空気そのものが変わった気がする。

 

 

宗教とは何か。
 

 

思想とは何か。
 

 

組織とは何か。

 

 

多くの人が考えた時代だった。

 

 

自分にとって、その強制捜査に関わった経験は、長い人生の

 

 

中で唯一「社会の為に働いた」と思える仕事だったのかもし

 

 

れない。

 

 

しかし同時に、強い悔しさも残っている。

 

 

事件後、組織は解体された訳ではなかった。
 

 

名前を変え、形を変え、後継団体として残っていった。

 

 

もちろん、法治国家である以上、法律の範囲内でしか対応

 

 

出来ない事は理解している。

 

 

だが、それでも思ってしまう。

 

 

もっと社会全体で、若い世代へ「あの事件で何が起きたのか」

 

 

を伝え続けるべきではなかったのか、と。

 

 

今の若い人達は、地下鉄で起きたあの凄惨な事件を知らない

 

 

世代になっている。

 

 

教科書に少し載る程度。
 

 

あるいは名前だけ知っている程度。

 

 

しかし、団体の名前は変わっているから判らないのだろう。

 

 

それでは、本当の恐ろしさは伝わらない。

 

 

そして、人は歴史を忘れる。

 

 

孤独や不安を抱える若者達が、「救い」や「居場所」を求めて

 

 

組織へ近付いてしまう。

 

 

その現実を耳にする度、自分は複雑な気持ちになる。

 

 

事件を起こした者達は裁判を受け、死刑判決が確定し、刑も

 

 

執行された。

 

 

彼ら自身は、もうこの世には居ない。

 

 

しかし、思想や影響は簡単には消えない。

 

 

だからこそ、関係機関だけでなく社会全体で伝え続ける必要

 

 

があるのだと思う。

 

 

「過去に何があったのか」
 

 

「なぜ、あんな事件が起きたのか」
 

 

「どうして人は極端な思想へ引き込まれてしまうのか」

 

 

それを知らなければ、同じ過ちを繰り返す危険がある。

 

 

人間は弱い。

 

 

孤独な時、苦しい時、人は簡単に心を掴まれてしまう。

 

 

だからこそ、本当に必要なのは恐怖ではなく、人との繋がり

 

 

や温かさなのかもしれない。

 

 

そして今、自分は改めて考える。

 

 

人格者とは何なのだろう。

 

 

巨大な事業を成功させた人か。
 

 

歴史に名を残した人か。
 

 

それとも、目立たなくても誰かを守ろうとした人か。

 

 

僕には判らない。

 

 

ただ、一つだけ思う。

 

 

どれだけ偉くても、どれだけ名誉を得ても、人を不幸にする

 

 

者は人格者ではない。

 

 

逆に、誰にも知られなくても、誰かの苦しみを減らそうとし

 

 

た人は、立派な人格者なのかもしれない。

 

 

自分の人生に、どれほど意味があったのかは分からない。

 

 

けれど、あの時代に、自分なりに社会を守ろうと働いていた

 

 

事だけは、今でも忘れられない。

 

 

それは、自分にとって唯一の「実りある仕事」であり、同時

 

 

に今でも消えない悔しさでもある。

 

 

 

 

 

 

 

May be the best year of my life.