「 ほめそやしたりクサしたり 」
高島俊男 (たかしま としお 1937~)
大和書房 1998年7月発行・より
(オランダに移住した)おおば比呂司さんと同様の経験を、台湾の文芸評論家龍應台(ロンインタイ)が報告している(「只是一條人行道」『九十年代』
89・9)。
龍應台は、夫君および四歳の子供とともに、台湾からドイツのある町へ移住した。
彼らの家は、歩道に面した庭の一辺が60メートルあるというから、これもずいぶん豪勢なすまいである。
こちらは、何かというと警官がやってくる。
龍夫婦は、庭師をたのんで歩道のがわに高さ1・5メートルの垣根を作ることにした(この町では塀や垣根が1・5メートルをこえることは許されないのである)。
庭師は金曜日の夕方まで仕事をした、「月曜日の朝9時に来てこのつづきをやります。よい週末を」 と帰って行った。
歩道に来週使う砂が少々残った。
月曜の朝9時にチャイムが鳴った。
「正確だこと」 と出てみると、庭師ではなくて警官である。
「あの砂をかたづけてください」 と言う。
9時に庭師が来て使いますから、と言ってもダメである。
「あの砂は金曜日の晩からありました。すでに一週末をすぎています。もっと早く来なかったのはあなたがたの週末を防げないためです」
龍夫婦は直ちに砂をどけざるを得ない。
一夏を台湾ですごしてもどってくると、歩道の敷石のすきまに雑草が生えて、黄色い可憐な花をいっぱいつけている。
風情のある眺めだ、と思っていると、警官がやってきた。
「今週中にあの雑草を全部抜いてください。歩道および手前から1・5メートル幅の歩道がお宅の責任です。来週調べに来ます。罰金を払わないですむように」 と警官は帰って行った。
一家三人、直ちに懸命の除草作業を始める。
どうも、この平和な町の警察官は住民の苦情を受けつけて伝えに行くのが主要な任務なのであるらしい。
草を抜いているとそこへ近所のシュミット夫人が除草剤(龍應台の言いかたでは「毒薬」)の小瓶を持ってあらわれ、「いちいち手で抜かなくてもこれを水でうすめてまけばいいんですよ」 と教えてくれた。
ついでに声をひそめて 「きっとあそこの老夫婦が警察に連絡したのよ。
年よりは あらさがしが好きなんだから!」 と観測をつたえる。
ところがシュミット夫人が去ったと思うとすぐカウフマン夫人があらわれて、
「あのシュミット夫人が警察に電話したのに ちがいないわよ!」
と新観測を披瀝する。
住民たちも、警察に告げ口するのを かならずしも名誉なこととは思っていないようである。
カウフマン夫人が去ると また別の隣人があらわれて、
「ドイツ人はほんとうにイヤでしょう。あまり気にしないほうがいいですよ」
となぐさめてくれた。
2月6日の奈良・春日大社の参道