作家の美食と寿命の関係  | 人差し指のブログ

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「 お礼まいり 」

徳岡孝夫 (とくおか たかお 元毎日新聞記者 1930~)

清流出版株式会社 2010年7月発行・より

 

 

 

 

 よほどの小説好きならいざ知らず、いまでは横光利一(よこみつ りいち)を読む人はそういないだろう。

 

 

だが、新鮮でモダンな一陣の風となって大正末期の文壇に登場したころの横光は、同士の川端康成よりも注目された作家だった。

 

 

『日輪』 や 『蠅(はえ)』 など印象的な作品を残している。

 

 

 戦前の話だが、その横光が講演旅行に出たときのことである。

 

同行は小島政二郎(まさじろう)さん夫妻だった。

 

 

汽車に揺られる長い旅の間に、横光は小島みつ子夫人に向って、こんなことを言った。

 

 「小島君は肥(ふと)り過ぎたきらいがあるから、美食をさせず、住んでいるところの方二十里の間で出来る野菜を主にして、それをゴマの油で

いためて食べさせるようになさい」

 

 

 続いて調理法を詳しく教えたという。

今日でいえば、ダイエットのすすめ、ビタミンC のすすめである。

 

 

日本人が 「栄養をつける」 ことばかり考えて肉食に傾いていた時代に、横光はすでにダイエットの必要を感じていた。

 

 

 そのとき彼はついでに、お雑煮のつくり方も伝授した。

 

 

 餅をそのままゴマ油でちょっと揚げ、それを雑煮汁の中で少し煮て食べる。

 

 

やってみると少ししつこいが、酒を一滴も嗜まない小島さんの舌には 

「雑煮中第一の美味」 と感じられた。

 

 

うまいので毎日のように食べ横光に礼状を書くと、折り返し手紙が来た。

「餅の食べすぎはよくないから、ほどほどに」

 

 

 これほど食べ物に気を遣っていた横光は早世(49歳)し、いまや没後

六十年を超す。

 

 

逆に、うまい物なら毎日でも食べた小島さんは長生きし、平成六年に百歳で天寿を全うした。

 

         初出   美食家の百歳     『四季の味』 1993年 夏

 

 

                                    

 

 

2017年6月5日に 『 「体に良いこと」 をした人は・・・』 と題して近藤誠の文章を紹介しました。コチラです。  ↓

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12278069303.html?frm=theme

 

 

 

               白い雲と黒い雲 10月4日 奈良市内にて撮影