参勤交代で江戸に行ったら・・・ | 人差し指のブログ

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本を読んで面白かったところを紹介します

 

 

「 剣談女談(けんだんじょだん)   神坂次郎対談集 」

神坂次郎 (こうさか・じろう 1927~)

PHP研究所 1996年3月発行・より

 

~ 参勤交代に見る武士の宿命        

               山本博文(やまもと・ひろぶみ 1957~)  ~

 

 

 

 

神坂 武士の日記には面白いものが ありますよね。

 

 

    たとえば紀州藩士で参勤交代で江戸に下った人の日記では、

    江戸は関東ローム層なので、風が吹くと砂塵が舞う。

 

 

    それで三十五文(約九百円)で防塵眼鏡を買ったとか、雨が降った

    とき、道がぬかるんで困るので雪駄を脱いで腰に差して歩いたと

    か、すごく新鮮な視点で江戸の町を分析している。

 

 

    ふつう田舎の侍が江戸へ出てくると、花のお江戸べったりの礼賛調

    で書くんですが、「六割が武家屋敷で、二割が町屋、一割五分が

    寺院、残る五分が神社である」 とビシッと書いてます。

 

 

     それから、江戸は壮大な単身赴任族、男の体臭に満ちた都で、

    女の人は八代将軍吉宗当時の人口比でも男の二割七分強。

 

 

    侍から大店(おおだな)の手代、丁稚(でっち)にいたるまでほとんど

    が独身。

 

    よほどの人でない限り単身赴任です。

 

 

    まるで西部劇の街のよう。だから、吉原なんかすごく威張っている。

 

 

    それに、一年間の給金が決まっているので、節約、節約で、日記に

    は 「吉原へ行きなさるな」 とか 「吉原土手の茶店でお茶を飲んだ

    ら百文(約二千五百円)ほど取られたうえ、チップを出したら、ばかに

    されたような顔をされた」 なんて書いてある。

 

 

     それならいっそ湯屋へ行け、湯に入っても八文(約二百円)、

    二階で碁や将棋を指してお茶を飲んで八文、都合十六文でたっぷり

    楽しめるなどと、ちゃんと計算している。

 

 

    一年間の自分の生活費を考えているのは、今の単身赴任と同じで

    す。

 

 

山本 武士でかわいそうなのはお金がないことですね。

 

    地方からきても、なかなか吉原なんかで遊べない。

 

 

    そのうえ、藩邸の出入りも厳しく、薩摩藩などでは門限を破った武士

    を切腹させています。

 

 

    商家でも丁稚や平手代は、わずかな小遣いはもらえますが給金は

    出ませんから、ずっとそこで働いていて、たまに主家のほうから 

    「きょうは吉原で遊んでいい」 といってもらえるけれど、自分のお

    金で通おうと思うと使い込みしかない。

 

 

神坂 侍なんかも気の毒ですね。

 

 

    尾張藩の中年の侍は御長屋の二階に住んでいたんですが、

    下を通る薄化粧で春を売る熊野比丘尼(びくに)に声をかけ、

    モッコで上へつり上げて一晩楽しんだ。

 

 

    ところが、降ろそうとしたときに見つかって、その家は断絶という気 

        の毒なことがありました。

 

 

山本 飲酒運転と同じで見つからなければだいじょうぶですが、見つかる

    とどうしようもないですね。

 

 

    そういうことは、あまり史料には出てきませんが、長屋にこっそり戸

    口をつくっていた者もいたので、結構あったんでしょう。

 

 

神坂 ええ。尾張藩の参勤交代で江戸暮らし通算二十数年のベテランは、

    「江戸へきたら、文学なら文学の、遊芸なら遊芸に長じた高名な人

    がいるのに、なぜそこへ習いにいかないのか。一流の人が江戸に

    いるんだから、習って帰ればよい」 と日記を書いている。

 

 

    やはり単身赴任の間をどう使ったかを知りたいですね。

 

                        ( 「東京人」 平成七年一月号 )

 

 

                                      

 

 

江戸では当時”ほこりよけ”の眼鏡が流行っていたそうです。

2016年6月23日に 「江戸時代の入れ歯と眼鏡」 と題して山本夏彦と山本七平の対談を紹介しました。 コチラです。 

                        https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12160146310.html

 

 

 

 

                奈良公園の猿沢池と八重桜   4月21日撮影