サラリーマンは「朝が危ない」 | 人差し指のブログ

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本を読んで面白かったところを紹介します

 

 

「 決断は我にあり 」

深田祐介 (ふかだ ゆうすけ 1931~2014)

株式会社講談社 2000年6月発行・より

 

 

 

株式会社ドン・キホーテの社長は安田隆夫氏、1949年岐阜県に生まれ。

 

(略)

 

 安田氏はじつに面白い話を聞かせてくれた。

 

 

 

「24時間営業、つまり深夜営業をしていて、夜中になにが売れるか、というと、これがなんと高額の家電製品なんです。暑い日の夜にエアコンがどっと売れたりする。

 

扇風機ならともかく、エアコン買ってもその夜から使えるわけじゃないんだけど、これが売れるんですよ。

 

とにかく家電製品は深夜のほうが売れる、というのが、私どもの実感ですね。

 

なぜ、夜中に高額の家電製品が売れるか、といえば、夜になると人間、気分が”ハイ”になって決断がしやすいんじゃないか、とおもうんですね。

 

これは重要な消費者心理だ、とおもうんです。

 

ずっと昔から日本では”早起きは三文の徳”などと言われて、早起きが美徳とされてきた。

 

それで、特に金融関係、銀行も証券会社も馬鹿みたいに早起きをして、会社に駆けつける。

 

しかし朝は前の日に宿酔いなんかを引きずっていて、一番頭の働かない時間で、気分がハイにならない。

 

そこで重要な決断を迫られたりするから、大抵は失敗に終わってしまうんじゃないか、と私はおもうんです。

 

私は根が、夜更かし・朝寝坊の典型ですから、夜うごめいているひとたちが、昼間より”ハイ”になっているという心情がよく判る気がするんです。

 

私に関しましては、早起きならぬ夜更かしがキャピタル・ゲインのもとですよね」

 

 

 

 

 私はそこで昔、「サラリーマンは朝、自殺する」という縁起でもないエッセイを書いたことをおもいだした。

 

 

 サラリーマンの危機は常に朝なのである。

 

 

 夜はなんとか昼間の鬱をごま化すことが可能なのだ。

 

 

カラオケで歌うもよし、家に帰って一杯飲むもよし、深夜ニュースやプロ野球、大相撲の結果を見るもよし。

 

 

なんとか気持ちを散らして、ベッドにもぐりこむことができる。

 

 

 しかし、朝になると、問題は深刻になる。

 

 

会社にゆくと、昨日まで引きずってきた問題と再び直面しなくてはならない、という意識が頭を占領してしまう。

 

 

 それに耐えつつ、顔を洗い、髭を剃り、ワイシャツのボタンをはめ始めると、精神的な動揺が始まる。

 

 

 今日また会社へ行って、ここ数日来、部長とやり合ってきた問題の、果てしのない議論を繰り返さなくてはいけないのか。

 

 

ナマイキで反抗的な部下をなんとか説得しなくてはいけないのか。

 

 

 気持ちはどんどん鬱のほうに傾斜してゆき、剃刀(かみそり)の刃が怪(あやし)しく光り始める。

 

 

食欲が出ず朝食を吐いてしまったりするのだが、細君は 「また会社性自家中毒が始まった」 という、強引に駅まで連れてゆき、電車に乗せてしまう。

 

 

 この荒療治に耐えられるうちはよい。

 

 

しかし、いったん乗った電車から。次の駅でラッシュ・アワーにもかかわらず降りねばならなくなったとき、二本のレールはこのうえなく美しい光をたたえて眼に迫ってくるのだ。

 

 

このミレーネの呼び声ならぬ美しい硬質の輝きに耐えきれず、何人の男が死んで行ったのか。

 

 

 私の身辺に限っていってもいる自殺者の多くは朝死んでいるのだ。

 

 

私の職場のある同僚はアジア某国との国際交渉がうまくゆかず、本社に帰って上司に激しく叱責された。

 

 

そのあと、部屋の外の廊下を何回となく歩きまわる靴の音を、同僚たちは聞いている。

 

 

 結局帰宅するのだが、生憎夫の出張に合せて細君は子どもを連れて実家に戻っており、家は無人であった。

 

 

 それでも、その日はビールを飲んで寝ている。

 

 

 翌日、気力を奮い起こして出社しようとしたらしく、背広を着てネクタイまで締めた、

 

 

 しかしそこで力尽きて、寝床にもどり、剃刀で手首の動脈を切って死んだ。

 

 

 これは一例だが、人身事故で電車が不通、遅延になるのは、ほとんどが朝であることが この事実を裏づけている、といっていい。

 

 

 

「朝元気だ、なんていうのは、先刻の”早起きは三文の徳”とか、”早寝早起きが健全な人生”といった、古い道徳観に盲目的に従っているだけの話でしょう。

 

朝はふつうテンションが落ちているでしょう。

そのなかでいろんな決断をしたら、これは危ないですよ。

 

だいたい祭りというものを考えてみると、夜を徹してやる、というのが万国共通でしょう。

 

阿波踊りだって、リオデジャネイロのカーニバルだって、夜を徹してやる。

夜の更けるに従って、ハイになって盛りあがるわけじゃありませんか。

 

朝早くから躯動かすのはラジオ体操くらいのものですよ。

 

ただ一般的な企業、特に金融機関は朝型だから、ウチみたいな夜型には、怪しい感じがするようで、融資して貰うのも大変ですけどね」

 

 

 

 この一連の発言はきわめてユニークで、流通心理学のポイントを衝(つ)いている。

 

 

 

                 奈良・春日大社の枝垂れ桜 4月7日撮影