「 日本人が外に出るとき 」
犬養道子 (いぬかい みちこ 1921~2017)
中央公論社1991年9月発行・より
もう、回転の早い読者にはとっくにおわかりのこととは思われる。
それは 家の契約とか、こちらが当然の権利として要求するべき点とかの、受取り人・相手方が、よしんば、同じ建物のとなりか一階上かに住んでいたとしても、交渉は電話や、出かけて行っての口頭ではなく、手紙で行う、の一事だ。
これを言うと、大ていの日本人は笑う。
「おんなじ建物に住む人に手紙なんて!」 と。
が、考えてみれば、電話や口頭の立ちばなしが聞きまちがえの可能性を含み、密度を持たぬに反し、書面がまちがいっこなく相手にこちらの意を伝え、しかも記録として 「のこる」 と言う、かんじんの点にについては、同じ建物内にいるかいないか、近いか遠いかは、全く関係ない、のである。
これまた 「欧米風」 ではない。
子供ごころに、なるほどと肯かされたのは、同じ建物 総理大臣邸 の中に、しかもついそこの部屋にたしかにいる幹事長に対し、祖父が手紙を書き、「これを渡せ」 と言って、ちゃんと封筒に入れたそれを秘書に持たせたのを見たときである。
(人差し指~犬養道子の祖父は犬養毅首相)
ちなみに、同じ建物のおとなりさんでが大家であっても、出す手紙は書き留にした方がよい。
郵便局の正式の証拠がのこるからである。
奈良・東大寺の二月堂 4月7日撮影