一休さんの肖像画の作者 | 人差し指のブログ

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「 日本人の美意識 」

ドナルド・キーン (1922~2019)/訳者・金関寿夫(かなせき ひさお)

中央公論社 1999年4月発行・より

 

 

 

 一休の最も有名な肖像画は、弟子の墨斎によるスケッチだが、これが彼の頂相の基本になっている。

 

 

当時の肖像画家は、普通実物を見ながら、六枚か七枚かのスケッチを作った。

 

そしてそれを本人に見せて、気に入ったかどうかを訊ねるのだ。

 

 

もしどれも本人の気に入らなかったならば、さらに六、七枚のスケッチを作る。

 

 

しかしそれでも気に入らぬという時には、その絵師はお払い箱になって、他の絵師に変えられることが多かった。

 

 

そしてスケッチを拒絶する場合、その唯一の根拠は、当時の記録によると、それが本人に似ていないから、というのであった。

 

 

ということになると私たちは、このスケッチが一休の気に入り、そして本物とよく似てもいたと判断してよいわけである。

 

 

墨斎という人物は、巧みな画家であっただけではなく、一休が自から指名した彼の法灯の後継者、そして一休の公式伝記の編纂者でもあったのだ。

 

 

こうして親しい間柄であったからこそ、墨斎はこの絵の中で、モデルの外面的特徴と、同時にその底にある間違いなく個性的な資質を、実に効果的に捕らえることが出来たのかもしれないのだ。

 

 

この肖像に描かれた一休の顔を、頼朝や重盛の顔について言えたように、二言(ふたこと)、三言(みこと)の形容詞でもって要約することは不可能である。

 

 

この像は、完全に人間の像である。

定義しがたいが、完全に生きている。

 

 

 

 

 

            奈良・興福寺の三重塔と枝垂れ桜 4月8日撮影