「 山本七平全対話 ４ 日本教の社会学 山本七平他 」
山本七平 （やまもと しちへい １９２１～１９９１）
株式会社学習研究社 １９８５年1月発行・より
日本教の社会学 小室直樹 １９８１．８『日本教の社会学』（講談社刊）
小室 （略） 日本人がアメリカに行ってたいへん驚くことの一つは、
膨大なファンダメンタリストと呼ばれる人たちの存在すね。
しかも、その数は、このところ急速に増加傾向があるとも聞きま
す。
で、日本人には耳慣れないこのファンダメンタリストを簡単に説明
すると、聖書の言葉を一言半句そのままその通りと信ずる人のこと
でしょう。
山本 ええ、聖書に記している天地創造はもとより、キリストの奇跡、たと
えば手をふれただけで病人を治したとか、死人を生き返らせたと
か、水の上を歩いたとか、処女が懐妊したとか、死んで復活したと
かなどという話を実際の出来事として、そのまま信じているんで
す。
小室 ところが、私ども日本人はそんな人に出会うと、少し頭がおかしい
のではと考えがちですが、アメリカのファンダメンタリストは、ただ
人数が多いだけでなく、社会的に有力な人も多く、一流の科学者も
少なくないわけですね。
（略）
小室 この点を読者に理解して頂かないと以下の議論になじめませんの
で、本論に入る前に、いくつかの例をあげてきましょう。
その最も典型的なのは有名な進化論裁判（モンキー・トライアル）。
要するに、人間はサルの進化したものであるとする進化論は、
神が人間を創造したという聖書の記述に矛盾するからけしからん
というのですが、
（略）
小室 いまでもアメリカでは進化論をどう取り扱うかは大問題。
ウイスコンシン州などでは天地創造を生物の授業で教えるよう指
示、テキサス、アイオワ州では進化論を諸説のひとつとして教える
方針をとっており、目下、十五州で天地創造説を公立学校で教える
ことを もとめる法案を審議中だそうですが、日本人は、この話を何
か奇妙な話だと受け取ってしまう。
（略）
小室 ところで、仏教や儒教にはファンダメンタリズムがあり得ないこと
は、これまで論じてきたことで おわかりいただけると思うんです。
つまり、ファンダメンタリズムは絶対的人格との契約が正典であ
る宗教だけにはじめて可能なわけです。
そこで本論に入りまして、日本教にとって、この一見無関係に思
われるファンダメンタリズムが、どう関係してくるか、という問題に
なってくるわけですね。
山本 その例として、こんなおもしろい話があるんです。
つまり天皇的ファンダメンタリストがあれば、進化論を否定しなく
ちゃおかしいですね。
現人神がサルの子孫であるというのは容認できないでしょう。
あれは神の子孫のはずでしょう。
小室 ところが誰も問題にしない。
山本 そればかりか不思議なことに、戦争中、平気で進化論を教えてる
わけですよ。
だから私。フィリピンの収容所でアメリカ兵に進化論の説明をされ
て、こっちは はなはだ しゃくにさわるわけなんです。
このアホ、なにをいってんだと。中学校程度の知識をもって、おれ
に進化論を説明するとはなにごとだ。
だから逆に そのときビーグル号かなにかの話をしてやったんで
す。
そうすると相手は驚いちゃうわけです。
ところが、先方は 「それじゃ、おまえたちは現人神（あらびとがみ）が
サルの子孫だと思っていたのか」 と。
小室 日本人、誰も問題にしない。
山本 気がつかない。アメリカ兵にそこを指摘されたとき、
こっちは あっと驚くわけです。
つまり天皇が現人神だといっていた国には進化論はあるはずが
ない。
彼らから見ればそれが論理的帰結ですから一所懸命、進化論の
説明をしているわけです。
小室 逆に進化論を信ずれば、天皇が現人神であるはずがない。
だから どっちか片方信ずるってことはあり得ても、両方いっぺん
に信ずることはないと。
山本 あり得ない。
４月９日 多摩森林科学園（東京・八王子）にて撮影
舞台のない観覧席みたいな所で皆さん昼食の最中でした。
