小林秀雄 VS 若い美人記者 | 人差し指のブログ

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本を読んで面白かったところを紹介します

 

 

 

 

 

「 齢(よわい)八十 いまなお勉強 」

近藤啓太郎(こんどう けいたろう)/安岡章太郎(やすおか しょうたろう)

株式会社光文社 2001年9月発行・より

 

 

 

 

安岡    最近ね、新聞社から原稿を頼まれるとね、もう、腹が立つこと

                ばっかりだね。

 

               この間も 「荻須高徳(たかのり)展」 があるからって、女の記者

                から、頼まれたがね。

 

 

                俺が昔、パリに行った時、荻須さんを訪ねているから、それで、

                原稿渡したらさ、その女性が電話かけてきて、「もう少し荻須さ

                ん自身の、たとえば荻須先生が背筋がぴんとしてたとか、運転

                がうまかったとか、そういうことを書いてもらいたい」 って言う

                んだよ。

 

 

                 いやね、俺は、「一枚の朝鮮薊(ちょうせんあざみ)(アーティーチョ

                  ーク)を食べることは朝鮮薊そのものを食べることだという、

         アナトール・フランスのうまい言葉があるんだよね、で、

        朝鮮薊のサラダを、荻須さんのところで初めてご馳走になっ

        たから、そのことを書いて、そのアナトール・フランスの言葉を

        最後に入れたんだよ。

 

 

        そしたら、その彼女が、「これわかりますかね」 って訊くんだ

        よ。

 

 

        俺は、もう、そういう電話に出るのいやだから、もっぱら、女房

        が相手してくれたがね。

 

 

 

        そう言えば、三十年ぐらい前、小林秀雄のところへ出版社の

        美人の若い記者が電話で原稿依頼してきて、

        小林先生が断ったら、

        「私が頼んでも だめですか?」 と言ったので、小林先生が

        カンカンになって 「無礼な女だ」 と怒ってたことがあった。

 

 

近藤    新聞社は、感じの悪いとこあるよ。

       エリート意識強くてね。

 

 

安岡    これは別の人で、今度は男だけどね、原稿を、十四字

       四十七行、ぴっちりじゃないといけないって言うんだ。

 

 

       「あと七字 足してください」 って、言われたよ。いまの若い人

       は、ああいうやり方で書かされてるのかね。

 

 

 

近藤    馬鹿だねえ。いくつぐらいだ。

 

 

安岡    いい歳だったよ、まあ三十歳代かね。

 

       それで、俺、いやになっちゃてね。「俺はそんな原稿を書い

                たことない、二十世紀の人間だから」 って言ったよ。

 

 

近藤    「二十世紀の人間」 っていうのは、いいかもしれないな。

       俺もこれから何かあったら使うよ。

 

 

安岡    これは、何か、書いて残したいから言うけど、二回目に、

       さっきの若冲展に行った時のことを書いたらね、今度は、自分

       は若冲展に行っていないけど、京都の博物館の学芸員に電話

       で訊いたら、若冲が、『動植綵絵』 を描いたのは、「四十五歳

       から五十五歳だ」 って言ったって言うのね。  

       俺は、五十代って書いたんだ。

       「先生は五十代と書いてあったので違いますけど」 ってきた。

 

 

近藤    いまの世の中、そんなのが多いな。

 

安岡    本当に疲れた。もう、二度と、ああいうものはやりたく

       ないと思ったよ。

 

 

近藤    新聞社で、昔、そんなのいたかね。

 

安岡    あそこまで杓子定規で、融通の利かない人間はいなかったと

       思うね。

 

 

 

 

4月9日   多摩森林科学園(東京・八王子)にて撮影