漢字と漢文の欠点 | 人差し指のブログ

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「安倍外交で日本は強くなる」

屋山太郎(ややま たろう 1931~)

株式会社海竜社 2016年12月発行・より

 
 
 
 私がこう言うと中国人に対する偏見だという人がいるが、断じてそうではない。
 
 
私がそう信じるに至ったのは、30年程前、中国史の碩学(せきがく)
岡田英弘(おかだひでひろ)氏の知遇を得てからだ。
 
 
 孔子や孟子の教えが日本には伝わったのに、なぜ現代中国に伝えられなかったのか。
 
孔子、孟子が活躍した時代、使用された漢字は数十万字もあった。
 
当然、識字率は1%未満だったろう。
 
 
紀元前3世紀に天下を統一した秦の始皇帝は大規模な焚書(ふんしょ)を行った。
 
後世”野蛮人”の評価を受けたが、始皇帝の真意は厖大な数の漢字を
3300字に絞ることで、普及率をよくしようとしたといわれる。
 
 
書体も 「篆書(てんしょ)」 に統一し、漢字に対応する読みを決めた。
 
 
ヘンとツクリを組み合わせれば、漢字は簡単にできる。
 
 
この漢字の氾濫(はんらん)で同じ漢字でも読み方が違う、あるいは意味が違うという弊害が生じたからだ。
 
 
しかし始皇帝の漢字の数を絞る政策は別の弊害を生んだ。
 
 
 文字というのは時代の変遷によって変わるべきものである。
 
 
日本語がすばらしいのは漢字の導入の際、音、訓両読みを決めたことと、ひらがなとカタカナを発明してことだろう。
 
文字は庶民の生活の変化と共に生きてきた。
 
 
 一方、中国は漢字の組み合わせによって意味が異なるから、正確な行政命令が出せない。
 
 
これはどういうことか。漢字を並べた漢文には動詞や名詞といった品詞の区別がなく、そもそも文法らしいものがない。
 
 
「同じ 『言』 という文字にしても、あるときには 『言う』 という意味の動詞として使われ、またあるときには 『発言』 という意味の名詞に使われる。
 
その違いを明確に判定する方法はない。
 
 
また同じ動詞であっても、そこには時制という概念もないから、過去形なのか現在形なのかという区別もできない。
 
 
さらには句読点もないから、どこからどこまでが一文かも分からない」
(『この厄介な国、中国』ワック)と岡田氏は書いている。
 
 
 
 
 つまり、漢字を組み合わせて一つの文章を作っても、その読み方、解釈の仕方が人によって異なるため、書いた人間の言わんとすることが正確に伝わらないのである。
 
 
これでは日本の何倍、何十倍という広大な面積を持つ国を治めることはできない。
 
皇帝が文書で行政命令を発しても、命令された側がそれぞれ独自の読み方、解釈の仕方をしていたら、統一的な統治はできないし、混乱が起きるだけだ。
 
 
 そこで7世紀にできたのが科挙制度である。
 
超難関試験の合格者を官僚として採用し、彼らが統治の実務を担った。
 
 
科挙官僚は四書五経や漢詩などの古典を完璧に暗記して、そこで使われている語句や文章を使って公文書を書く。
それが皇帝の命令として全土に伝えられた。
 
 
 古典の用例については、読み方や意味の取り方が確立しているから、それに基づいて漢文を作れば多様な解釈をする余地はなくなる。
 
 
中国全土を治めるには、そうするしかなかったのだろう。
 
 
 その代わり、この制度は漢字を伝統の中に封じ込め、純粋な書き言葉にしてしまった。
 
言葉は時代とともに変化するものなのに、漢文は変化を拒否したからだ。
 
 
中国は目下、「白話」 運動を行って、話し言葉をそのまま書き言葉にすることに懸命になっている。
 
(略)
 
漢文はあくまで書き言葉であって話し言葉ではない。
しかも漢字は数が多すぎて識字率は低かった。
 
 
漢字を読める人が限られていたからこそ、皇帝は時代が変わっても漢字使いの 「科挙」 を必要とした。
 
 
日本では孔子・孟子の教えを江戸時代の寺子屋で農民の子弟まで教えていた。それによって知識が普及し、道徳観念が広く社会に行き渡った。
 
 
漢文に送りガナや返り点をつけて美しく蘇らせた。
 
 
中国ではこういうことはできないから、『論語』 も 『孟子』 も庶民の道徳向上や知識の普及に全く役立たなかった。
 
 
                                      
 
 
2016年10月1日に「中国のはじまりと漢字」と題して岡田英弘の文章を紹介しました。コチラです ↓
 
 
2017年5月5日に「中国語は文字の言語」と題して三浦朱門の文章を紹介しました。コチラです。 ↓
 
 
2016年12月1日に「古代シナの言語事情」と題して渡部昇一の発言を紹介しました。コチラです ↓
 
 
 
 
 
3月26日 千鳥ヶ淵緑道(東京・千代田区)にて撮影