宗教はなぜ生まれたのか? | 人差し指のブログ

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本を読んで面白かったところを紹介します

 

 

 

『 「宗教とオカルト」 の時代を生きる智恵 』

谷沢永一(たにざわ えいいち) / 渡部昇一(わたなべ しょういち)

PHP研究所 2003年7月発行・より

 

 

 

 

<谷沢>     宗教というのは難しく考えたらいくらでも複雑になるの 

           で、まずは平たく捉えてみましょう。

 

 

人間は生きていく中で、いろいろとものを考えますね。

 

「自分はなぜ生まれたんだろう」

「自分はどういうふうにして、生きていくことができるのか」

「自分を支えているものは何であるのか」

 

 こういったことを、取り立てて悪い条件の下にいなくても考えるものです。

 

 

生まれてから十年、二十年たっていろいろと思い返し、そういったことを考えない人は、よほどのんきな人でしょう。

 

 

 そのとき、「われわれ人間が生きていることは、はなはだ不安で辛い」

と考えたり、「将来、どうなっていくのだろう」 と心配するのは、生きるということに対して懐疑心や不安を持っているわけです。

 

 

これがいちばんの根本にあり、だんだんと心配の程度が上がっていくと段階が宗教ということになるのではないか。

 

 

 

 

 つまり、宗教という思案が、あるとき、人類の進む分化水準において突然出現するという次第ではなく、「人間がものを考える」 という習性の上にでき上がってきた。

そう、私は思うのです。

 

(略)

 

 

<渡部>      おもしろいのは、宗教を生む洞察が出た背景には、

            その宗教のいちばんの教えと反対の状況があること

            です。

 

 

 

 パレスチナあたりはしょっちゅう殺し合いが起こっていました。

いまも昔もそれは変わりません。

 

 

『旧約聖書』 を読むと、ジェノサイトだらけで、

特に 『ヨシュア記』 では民族絶滅物語が続いています。

 

 

そういうところにキリストが出て 「平和を」 と言う。

 

 

 釈迦が生まれたインドにはものすごい身分制度があり、仏教はそれを突き抜けるアンチテーゼとして出てきました。

 

 

 

 

 儒教にも国境を越える要素がありますが、それはシナの当時の状況として、徹底的に親孝行を説かなければならないものがあったはずです。

 

 

これは推測ですが、子供が親を食べるということが普通に行われていたのではないかと思います。

 

 

 

 

 シナは先祖崇拝が強いけれども、たびたび飢饉が起こったものだから、親でも女房でも食べてしまう。

 

 

いくら何でも親はまずいのではないかというので、「孝」 という概念を強めたのではないかというのが、私の仮説です。

 

 

 戦乱の地から平和を説くキリストが生まれ、身分差別のあったところから無差別を説く釈迦が生まれたように、親孝行を説く儒教の生まれる背景には、元気な者は年寄りを食べて生き延びるという時代があり、それではいけないということを教えたのではないだろうかと考えるわけです。

 

 

<谷沢>    孔子も孟子も 「政治は」 と問われて、

          「民を食べさせること」 と答えています。

 

 

これは民を食べさせることができなかった時代を表すというわけですね。

 

(略)

 

<渡部>     いつも不思議に思うのは、日本で 

           「孝」 にあたる言葉がなかったことです。

 

 

皇室の系統図で見ても、親孝行の観念がなかったとは思いません。

 

 

では、なぜ 「孝」 にあたる言葉がなかったのかと考えると、

要するに 「孝」 という言葉がいらなかったからだと思います。

 

 

 

 

 シナとは違って、日本は子供が親を食べるような悲惨な状況は生じなかった。

魚はすぐ取れるし、食べものがある。そうすると、「孝」 の言葉さえいらなかった。

 

 

同様に忠義の 「忠」 も、先祖崇拝で一族の本家を大切にしていれば当り前の話だから、言葉がいらないということがあった。

 

 

儒教が入ってきて初めて、「こういうことが孝か」 と意識したのでしょう。

 

 あまりに当り前のことは説明されないし、教えられたり、語り継がれたりしないものです。

 

 

いまから五十年前近く前の話ですが、私がドイツへ行ったとき、日本人は箸でご飯を食べることをドイツ人は知っていました。

 

 

 そこで、日本式に食べようといって箸を持たせたら、一本ずつ持った。

 

 

考えてみれば、西洋の本に 「日本人は箸で食べる」 と書いてあるけれども、「二本一緒に片手で持て」 とは書いていない。

あまりに当り前なので、いちいち説明されない一例です。

 

 

                                       

 

 

「山本七平全対話 2 おしゃべり聖書学 山本七平他 」

山本七平 (やまもと しちへい 1921~1991

株式会社学習研究社 1985年1月発行・より

 

          聖書以前     矢島文夫  1984.7 語り下ろし新稿

 

 

 

<矢島>    (略)   ただ、ぼくは、聖書の次ぎの段階で、

          新約が結局あれほど隣人愛を説くのは、

          やっぱり隣人愛がないからだと(笑)。

 

<山本>    それはいえるかもしれない。

 

(略)

 

<山本>    『申命記』 なんかでも、貧しい者に対してどうこうすべきだ

          という法律がいっぱいあるでしょう。

 

 

七年目で借金を帳消しにしろとか、石臼の上石を質に絶対とってはいけないとか、未亡人の着物は質にとってはならないとか、あるいは上衣を質にとったら日没までに返せとか、細かいことがいっぱいありますね。

 

あれは逆に読むと、相当人情がない世界だと(笑)。

 

 

<矢島>    やっぱり言葉でいわないとやらないというか。

 

 

                                                                              

 

 

 6月1日に紹介した 「文学に恋愛のある日本・無い中国」 の中で

丸谷才一も同じような事を言ってました。コチラです。↓

https://ameblo.jp/hitosasiyubidesu/entry-12363550608.html

 

 

 

 

 

 

3月31 光が丘公園(東京・練馬)にて撮影