「明治天皇を語る」
ドナルド・キーン (1922年~)
株式会社 新潮社 2003年4月発行・より
明治天皇に何か個性がないか、他の日本人と違う面はなかったかと
考えて、私は資料を探していました。
そして私は確かに面白いものを発見し、驚きました。
たとえば、食べ物に対する趣味のことですが、明治天皇はお刺身が大嫌いでした。
絶対に食べなかった。
川魚は好きでしたが、海魚は絶対に食べません。
当時の京都人は海魚を食べる習慣があまりありませんから、
そう不思議なことではないでしょう。
食べ物に関しては、いかにも京都人らしい。
花見も嫌いで、なるべく花見へ行かないようにしていました。
風呂も嫌いでした。夏以外、風呂に入ることはまずありませんでした。
奥では蝋燭を使っていました。明治六年の火災焼失後に再建された皇居には、もちろん配線設備はありましたが、御座所では電灯を使うことを許しませんでした。
明治天皇は電気が嫌いだったのです。
電気そのものが嫌いだったのではなくて、電気の配線系統の欠陥が火事の元になることを恐れていたのです。
蝋燭というとなんとなくロマンチックできれいだと思われますけれども、使えば壁も天井も大変汚くなります。
しかし、明治天皇はまったく無関心でした。
しまいには廊下が黒っぽくなって、特に飾り物、桜の花の造花がいたるところ真っ黒になってしまった。
明治天皇が亡くなられた後、それは焼却するほかありませんでした。
刺身が嫌い、海の魚も嫌い、花見も嫌い、清潔さに興味がない。
ようするにかなり変わった日本人だったのです。
食事について付け加えると、明治天皇は日本料理が一番好き
でしたが、洋食も好んで食べていました。
外国のものだからといって、断るということはまったくありません。
アイスクリームも大好きでした。
外国の野菜、アスパラガスも大好きでした。
おいしいものなら日本のものであるか、外国のものであるか、まったく区別しない人でした。
『明治天皇紀』 を読みますと、たとえば明治天皇が初めて牛乳を飲んだなど、そんな細かいことまで書いてある。
明治四年に、古来から宮中で守られてきた肉食の禁が解かれ、その後は牛肉や羊肉を食べるようになります。
明治天皇は酒が大好きでした。その飲みっぷりは、侍臣たちの悩みごとのひとつとなります。
また皇后も、天皇の飲酒癖を気に病んで歌を詠んでいます。
花の春紅葉の秋の盃も
ほどほどにこそ汲ままほしけれ
(略)
飲む量は並外れていましたが、酒が強いかというとそうでもない。
日野西によれば、ある日貴族(華族)の屋敷で、明治天皇は足元がふらつくほどしこたま飲んだ。
日野西の肩を借りてなんとか歩くものの、体格のいい天皇を支えることは大変で、結局はお互いの足がもつれて倒れてしまったこともある。
しかしどんなに酔っ払っても、翌日の朝五時、誰よりも先に起きて、
御学問所に現れるので、みんな関心していました。
学業をさぼったり、酒を飲みすぎることもありましたが、自分は日本の天皇であるという十分な自覚は持っていたのです。
3月31日 光が丘公園(東京・練馬)にて撮影