「地球でいちばん過酷な地を行く 人類に生存限界点はない!」
ニック・ミドルトン / 訳者・桑原秀(くわはら とおる)
株式会社 阪急コミュニケーションズ 2004年3月発行・より
永久凍土の生活でわたしが関心を持っていたもうひとつのことは、凍りついた土を掘り起こす埋葬人の困難な作業方法だった。
この問題は学生のときにシベリア経済開発に関する本を読んで以来、
長年にわたってわたしの関心を引きつけていた。
世界一寒い場所で死ぬことは、そこ以外では考えられない問題を引き起こす。
鋼(はがね)のように硬い土に穴を掘ることは困難をきわめるが、
もっとあとから最も不気味なことがやってくる。
一年を通して百メートル以上も凍っているとはいえ、
表土は夏になれば少し顔を出す。
結氷と解氷を周期的に繰り返すこの自然の大地は、
大量に埋められたものを地表にむりやりのぞかせる結果となる。
古い墓では、棺に納められた遺骸は解凍した地表に押し上げられると
その本は記述していた。
記述の真偽についてわたしはアンドレイに助言を求めようとした。
彼はその記述の正しさを認めた上で、遺体を地中に埋めるのはヨーロッパ・ロシアの移住者たちがもたらした習慣であったことを付け加えた。
「伝統的に。エヴェン族やエヴェンキ族といったこのあたりの部族は遺体を木のなかに埋めて(原文のママ・人差し指)います」
地中から姿を現す死者を再び埋め直すこの報われない仕事は、
北方の民が新入植者の生活様式を簡単には受け入れないきびしい事実のひとつの象徴であった。
アンドレイはそれ以上この問題について熱心に話そうとしなかった。
彼は、この問題は会話にふさわしくないと言ったので、
それ以上にこの問題に立ち入ることはしなかった。
ももまで達するほど他のどこよりも雪深いオイミャコンの墓地を通り抜けながら野ざらしになった棺がひとつもなく、驚くほど多くの運転手の墓を目にして不思議に思った。
彼らの墓石には車のハンドルが刻まれ識別できるようになっていて、ハンドルの中心にしばしば故人の写真が貼りつけられていた。
死のあり方に関する質問が愚問に近かったと知ったのは、この世界一寒い街での滞在も終わろうとする頃だった。
わたしが着いた前の週に、ひとりの幼い少女が肺炎にかかり、治療のためモスクワに飛行機で運ばれたが、わたしの滞在中に亡くなり、
遺体は埋葬のためオイミャコンへと送り返されてきた。
少女の父親と兄弟は焚き火をしてまず永久凍土を溶かさねばならなかった。
凍土が溶けると一フィート(約三十,五センチ)ほど堀り下げることができた。
その浅めの穴で再び焚き火をした。
そうして凍った土をさらに深く掘ることができた。
少女の棺を納めるのに十分な深さまで穴を掘るのに 二日を要した。
昨年11月27日 平林寺(埼玉県・新座)にて撮影