「わたくしたちの旅のかたち」
兼高かおる(かねたか かおる) / 曾野綾子(その あやこ)
株式会社 秀和システム 2017年2月発行・より
<兼高> 中央アジアへ行ったときです。
朝食のテーブルに案内されたら、
目の前にお皿があって、その上に、何か真っ黒なものがたくさんまぶしてあるように見えたんです。
「何かしら?」 と思いながら椅子に座ったら、
その黒いものが一斉にパァーッて飛んだ。それみーんなハエでした。(笑)
<曾野> あら、まあ。
<兼高> そのときは、さすがに 「これは食べられない」 と思いました。でも、わたくし一応取材班のリーダーでしょ。
気弱なことを言って、カメラマンたちになめられてたまるものですかと意を決しました。
「このくらい食べられなかったら、『世界の旅』(注・兼高が出演した五十年ぐらい前のテレビ番組・人差し指・)なんてやっていられないわよ」
なんて言って、えいっ!と口に入れたんです。
それから大慌てで部屋へ戻って、正露丸を飲みました(笑)
<曾野> リーダーのお立場では、たとえいやでも断れませんものね。でも正露丸は効きますよ。
<兼高> アフリカの国々では、出されたものを食べないと
「自分を見下している」 と考える民族もいます。
食べ物は一種の踏み絵のようなもの。
食べるかどうかで、こちらの誠意が試されるわけです。
わたくしが食べた瞬間、それまでこちらを睨みつけていたのが、パッと表情が変わってフレンドリーになってくださることもありました。
(略)
<曾野> でも、旅行中は、なるべくコンディションを整えておきたいでしょう。 わたくし、そんなときはヒューマニズムを捨てるんです。
たとえば中近東のレストランへ行くと、店のおやじさんが、まずはピタという薄いパンを山盛りにして持ってきてくれますでしょ。
すぐ前の道ではロバが糞をしていて、それが埃と一緒に舞い上がっているような道端のお店です。
持ってきてくれたピタは熱々なんだけれど、少なくとも埃はたかっているんです。
そういうところでは、身勝手ですが、ピタは必ず下から抜いて食べました。
一番上のピタは、埃やいろいろな菌をかぶっているでしょう。
申し訳ないのだけれど、それは慣れている土地の方に食べていただくしかないな、と(笑)。
旅ではそういう利己的な自分とも向き合います。
<兼高> なるほど、それも生きる知恵かもしれません。
確かに、「危ない。病気になりそう」 などと心配しながら食べると、
その気持ちでほんとうにお腹をこわすこともあります。
昨年11月27日 平林寺(埼玉県・新座)にて撮影