報道写真の嘘と真実 | 人差し指のブログ

人差し指のブログ

パソコンが苦手な年金生活者です
本を読んで面白かったところを紹介します

 

 

 

 

『 「民主主義」 を疑え!』

徳岡孝夫(とくおか たかお 1930~)

株式会社新潮社 2008年2月発行・より

 

 

 

新学期の始業前日、各講座が広い体育館に机を置いて受講登録を受け付けている。

 

 

留学生アドバイザー(教授)が写真の講座も取りなさいと勧めていたので、

私は登録した。

 

(略)

その写真学の最初の講義の日である。先生は出席を取り終えるなり質問した。

 

「これまでに撮影された中で、ベストの写真は何ですか?」

 

(略)

ところがアメリカの学生は違った。すぐハイと手を挙げた者がいて、指された。

「それは硫黄島の写真です」

そうか、アメリカではそういうことになっとるのかと、私は呆気にとられた。 

 

 

悪い日本兵をやっつけた正義の米海兵隊員がヘルメットをかぶって五人か六人、弾丸雨飛の中で丘の頂きに星条旗を立てて居るショット。

 

 

ケネディとニクソンが大統領の椅子を争っている最中だというのに、アメリカ人はまだ勝利に酔っているのか!

 

 

先生は、硫黄島をきっかけに講義を始めた。

 

 

「実は、あれより前に、同じカメラマンの撮(と)った写真があります。これです」

そう言いながらスライドを見せた。

 

 

すでに立っている星条旗の前で、海兵隊員が二列に並んでニコニコ笑っている    それは記念写真だった。

 

 

私ひとりでなく、教室じゅうが呆気にとられた。

 

 

「そうです。この方が先なのです。カメラマンが、旗を立てる場面をもう一度と頼んだで、あの傑作になったわけです。日本兵はすべて死に、

もうタマは飛んで来なかったのです」

 

 

次に先生は、上海南停車場の写真を見せた。

 

 

日本機の爆撃によって廃墟と化した駅のレールの間に、シナ人の赤ん坊が座ってワンワン泣いている写真で、1937年の 「ライフ」 に載って有名になった。「日本軍ワルーイ。蒋介石カワイソー」 と、アメリカの世論を

一気に動かした歴史的な写真である。先生は言った。

 

 

「どうです、可哀想でしょう。だが、このとき、赤ん坊のママはカメラの横に立っていたのです」

 

 

それから先生は、写真は 「事実」 を創(つく)れる、国論を動かし国家に戦争させることさえできるのだという話をした。

 

 

 

2005年2月に出た東中野修道らの 『 南京事件「証拠写真」を検証する』 (草思社)によって、私はこの上海の写真が、トリミングされて 

「南京大虐殺」 の証拠として使われていることを知った。

 

 

写真には、国民を駆(か)って一つの方向に向ける魔力がある。

「朝日新聞」 のアザミサンゴ事件などと比較にならない力である。

 

 

人は 「事実」 を見て判断するが、それは理性の領域だけの話である。

 

マス・メディアはしばしば理性をとばし、読者または視聴者の感情を操作する。

巧いヤツにかかれば、情報のウブな受け手はひとたまりもない。

 

 

ちょっと考えれば判ることである。

 

軍需物資の集積場だった南停車場を日本機が爆撃した。

その跡に赤ん坊が無事に座って元気に泣いている。

赤子の泣くのは、必ずしも悲しいからではない。

両親が爆撃にやられたのなら、遺体がそばに転がっているはずである。

 

 

だが読者・視聴者は、ほんの一分間でも考える労を惜しむ。

感情の赴くまま、自らすすんで誤導される。

 

 

だから日本軍は、戦後60年の間にますます凶暴になった。

マボロシは、いつまでも現実を支配し続ける。

 

(略)

 

 

 

2005年1月31日は、イラク国民議会の選挙が日本の新聞に出る日だった。

 

某紙は一面トップに 「投票妨害テロ相次ぐ」 「イラク議会選、厳戒態勢下で実施」 の大見出しを掲げ、記事の前文にも 「スンニ派勢力のボイコット宣言で正当性に疑問が残った」 と書いた。

 

 

人命はよほど大切らしく、これはエジプトのカイロという安全地帯で書いたイラク報告だった。

 

 

騒然たる選挙を期待して書いている。

 

 

ところが記事に添えた写真は、危険な現地でロイターが撮(と)ったもので、なるほど一人の武装兵が見張っている。

 

 

しかしチャドルをかぶった女性数人を含む投票者の列は延々と伸び、

最後尾ははるかかなたに霞んでいる。

 

 

近頃の日本では見たことのない、有権者の国政参加への熱意を示す証拠写真。

 

 

さすがの論説委員も、自社のカイロ特派員よりイラクからの写真を信用したのだろう。

 

 

翌日の社説に 「投票したら殺す」 というテロリストの脅しを冒(おか)して投票所に行列した 「有権者の勇気をまずたたえたい」 と褒(ほ)めた。

 

 

だが少しアテが外れたくらいで尻尾を巻いて引っ込むようでは、日本の論説委員ではない。

 

 

かれは続けて書いた。

 

激しい宗教対立のため今後が懸念される。

また 「米軍駐留下の(中略)投票は理想の選挙とはほど遠い」 云々。

 

 

わたしは読んで、微笑を禁じ得なかった。

 

 

 

 

昨年12月14日 光が丘公園(東京・練馬)にて撮影