「敵は中国にあり」
深田祐介(ふかだゆうすけ)・金美齢(きんびれい)
株式会社光文社2000年11月発行・より
<金> 四十年ぶりの故国の空気を胸一杯吸っている夫の傍らで、私は私で、かつての私の少女時代、日本が台湾を統治していた頃を思い出していました。
当時小学生だった台北育ちの私は、どこかへ遊びに行った帰りに、
日本陸軍のトラックや自動車を見かけると、大きく手を振ったものです。
すると、どうした?と停車してくれる。
それで 「兵隊さん、家まで乗せていってよ」 と頼む。
「家はどこだ。乗れっ」 などと言いながら乗せていってくれました。
映画 『太陽の帝国』 の原作者、J・G・バラードも書いていますが、
日本の兵士は皆、子供が好きで親切でした。
服装も革靴を履きゲートルをきりっと巻いてきちんとしていた。
子供心に、素敵だなと思った記憶があります。
そんな日本の兵隊さんたちが大戦の敗戦によって引き揚げていき、
「台湾は祖国中国に戻るから、お前たちは日本人ではなく今度は中国人である」 と、それこそ突如として国籍が日本から中華民国に変わったわけです。
そういうことなら仕方ないと、私たちは日本軍と入れ替るように進駐してきた中国の軍隊を迎え入れたのですが、これがとんでもない軍人ばかりでした。
中共の八路軍との戦いに敗れた敗残兵ですから、軍服はボロボロにほつれ、こうもり傘を背負い、手に鍋釜を持って、まるでホームレスのような兵隊たちで、しかも雰囲気が恐い。
兵士というよりは浮浪者の大群でした。
日本軍のような整然とした精鋭という気配などどこにもなかったですから、
ただあきれるばかりです。
他でも書きましたが、彼らは電灯というものも初めて見たのか、電球にタバコを近づけ火をつけようとする。
水道の蛇口をひねると水が出るのにびっくりして 「世の中にはこんな便利なものがあるのか」 と金物屋さんで蛇口を買ってきて、家の壁に適当に取り付ける。
しかし、ひねっても水が出てこないと金物屋さんに怒鳴り込む。
いずれも冗談ではなく本当の話です。
この程度の話でしたら、まだ文明の利器について無知なだけで済ませるのですが、加えて決定的に私たちを失望させたのは、人間としての質の低さでした。
真の問題は彼らの道徳レベルが低かったことです。
略奪、凌辱、強盗とこれが兵士なのかと疑うような狼藉をあちらこちらでやった。
台湾人は同じ中国人であると言いながら、台湾人に暴虐のかぎりを尽くしたのです。
シャリンバイの花 5月18日 中央公園(埼玉・朝霞)にて撮影