「問題は英国ではない、EU なのだ 21世紀の新・国家論」
エマニュエル・トッド(Emmanuel Todd 1951~)訳者掘茂樹
株式会社文芸春秋 2016年9月発行・より
これ以上、中国の経済の細かい現状や人民元の将来について
議論を展開する資格を私が持っているとは思いませんが、
一つだけ言っておきたいことがあります。
それは、2015年8月に数回にわたって行われた
人民元の切り下げについてです。
私は以前から、中国は輸出頼みの不安定な経済構造から脱却し、
国内需要を中心とした安定的な経済構造に変わっていくべきだと繰り返し主張してきました。
しかし、今回の元の切り下げを見る限り、
通貨を安くして輸出品の価格を下げて経済成長を目指すという、
従来の経済政策を続けようとしているのは明らかです。
ところが今回の人民元の切り下げに関してフランスやイギリスのメディアが報じたのは、本来伝えるべき 「これは大変なことが始まった」 という危機感ではなく、「人民元が国際的にまともな通貨となる表だ」 などという好意的な評価でした。
私に言わせればこれこそが、
中国の現状を直視しないヨーロッパ人の典型的な姿なのです。
客観的なデータや状況をつぶさに分析すれば、
中国を必要以上に大きく見るこてはできないはずです。
では、彼らはなぜ、中国に対してだけは肯定的な意見を述べて、
楽観論を繰り返すのでしょう。
それは、世界のネオリベラリズム(新自由主義)と関係があります。
ネオリベラリズムのイデオローグたちにとって中国は、
莫大な利潤を稼げる都合のいい存在です。
西欧で売られるモノの価格と、中国の労働者の安い賃金で製造される原価との差額によって生み出される利潤には、大きな魅力がある。
だからこそ彼らは、中国の能力への誇張と言わざるを得ない言説をメディアに撒き散らし続けているのです。
そうした勢力と中国は一種の利益共同団体になっているのではないかというのが私の見方です。
5月7日 光が丘公園(東京・練馬)にて撮影