江戸の女の移り変わり | 人差し指のブログ

人差し指のブログ

パソコンが苦手な年金生活者です
本を読んで面白かったところを紹介します

 

 

杉浦日向子さんは四十代で亡くなられたんですね。

いかにも 「江戸の町娘」 みたいな方で、私、ファンだったんですよ。

 

 

「江戸を愛して愛されて」

杉浦日向子(すぎうら ひなこ 1958~2005)

株式会社 河出書房新社 2016年10月発行・より

 

 

現在の東京がソウであるように、江戸も又、流行り廃りの激しい都会だった。

 

当然、江戸女とて、時と場合により、しなやかに装いを変えている。

 

 

 

浮世絵の草創期、安永期には、鈴木春信描く江戸女。

 

これは、江戸の高度成長期に当たり、世を挙げて男の頑張りを奨励し、強い父親が家長として君臨することを望んでいた。

この時世の江戸女は、かよわく線の細いロリコン型美少女を装い、まんまと男を娑婆の荒波の盾にして、安穏に世を過ごしている。

 

 

 

 

続く、天明の発展期には、鳥居清長描く江戸女の時代が来る。

 

それは、男と対等の、ニューファミリー型パートナーとしての、屈託ない伸びやかなモデル体形を理想とする。

彼女らは、かよわさから健康を誇るフィットネス志向を奉じ、いきいきと、はつらつと、並走者としての男を、明るく元気に励ました。

 

 

 

 

次の世代、享和に至り、ようやく歌麿美人が現れる。

 

発展成長を遂げ、安定期に入ると、物の豊かさだけでは飽き足らなくなり、

精神的なゆとり、よりどころが求められ、生命の根源たる 「母体」 が礼賛されるようになる。

だから、歌麿美人は、よりグラマラスに男を包み込む、充分なボリュームを誇るようになる。

マザコンがトレンドとなった先年などは、そのリピーターといえるだろう。

 

 

 

 

そして、更なる幕末の変革期こそが、今後の予言となるかもしれない。

 

天保期の、歌川国貞、渓斎英泉の描く江戸女は、男に媚びず、世におもねず、生まれ出た自らの命運を百パーセント享受しようというしたたかさを持った。

彼女らは 「目から鱗」 の価値観の変換を遂げた。

大きい顔、短い手足、貧弱な薄い体を、隠さず恥じず、天然自然の恵みの愛すべき形として、白日に晒した。

それは、従来の模範的美の基準の崩壊を示唆し、コンプレックスとしか成り得なかった醜の部分を、唯一無二の個性と転ずる、自立心と、したたかさを有した。

 

 

女が変わる時、時代が変わる。

さて、これからを、どう変えて行こうか。

 

 

 

 

ドローンなるものを始めて見ました。下にはいろんな衣装を着た人たちがいて何かの撮影をしていました。

5月2日 中央公園(埼玉・朝霞)にて撮影