wife にあたる日本語は数々あるが、みなそれぞれに気分がちがう。
そしてまた、ばあいに応じて語り手の判断をあらわす。
新井将敬代議士が死んだ日の晩七時のNHKニュースで、森田アナウンサーは 「妻とホテルに宿泊し・・・・」 「妻が自宅に帰ったあと・・・」 「妻が発見して・・・・・」 と、しきりに 「妻」 をくりかえした。
聞いていたわたしは、強い不快感をおぼえた。
何故 「夫人」 と言わないのか、死者に対する礼節ではないか、と。
ある友人は、「NHKのアナウンサーというのはだれかが書いた原稿を読みあげているだけなのだ」 と言う。
そうなのだろうか。 ニュースの用語や表現に関しては、現にそれを万人の前で語るアナウンサーも当然発言権を持っているのではなかろうか。
でなければただのロボットだ。
NHKの看板アナウンサーがロボットであるはずはなかろう。
「橋本首相は夫人同伴で・・・・」 のごとく言うのだから、「配偶者は一律に妻」 というのでないことはあきらかである。
ニュースでは、「妻」 はむしろ 「麻原彰晃こと松本智津夫の妻知子」 のごとく、犯罪者にかかわってもちいられることが多い。
新井代議士は死ななければ逮捕されていた人なのだから、麻原彰晃と同じあつかいでよい、というのが、NHKおよび森田アナウンサーの判断だったのであろうか。
かように、人の呼称はしばしば当人(このばあいは新井夫人)ではなくその関係者(新井代議士)に対する語り手の評価をあらわすのである。
(’98・5・21)
「 お言葉ですが・・・③ 明治タレント教授 」
高島俊男(たかしま としお 1937~)
株式会社文芸春秋 2002年10月発行・より
5月7日 和光市内(埼玉)にて撮影