「お言葉ですが・・・・③ 明治タレント教授」
高島俊男 (たかしま としお 1937~)
株式会社文芸春秋 2002年10月発行・より
雑誌 『新潮45』 の七月号に兵頭二十八さんが 「一割現象」 ということを書いていらっしゃる。
小生これを読んでいたく感服した。
なぜ感服したかというと、何十年ものあいだぼんやりと感じていたことをハッキリ形にしてくれたからである。
兵頭さん曰く
< 一割現象とはある人間集団の中には必ず僅かの
(ここではわかりやすく「一割」という)はみ出し者が出るが、それがむしろ集団の正常さの担保になっているという説で、その説を唱えているのはかく申す私である。私はこの法則を自衛隊の中で発見した。>
以下の説明を要約御紹介すると
ここに千人の集団がある。するとうち百人は必然的自動的に名望家となり、別の百人は博徒・売春婦となる傾向を帯びるであろう。
そこでその百人の博徒・売春婦のみを抽出して隔離するとどうなるか。
いつのまにかそのなかで十人くらいの聖人君子タイプと、
同数のどうしようもない手合いとがわかれ出る。
また、名望家百人を抽出して孤立集団化しても、同じことが起きる。
のこりの八百人だけで集団を作れば、たちまちまた上層の八十人と最下層の八十人とが析出してくる。・・・・・・
兵頭氏はこの法則を自衛隊で発見したと言っていらっしゃる。
全国各地の部隊から特別優秀な隊員を選抜して一集団を作ってみたら
あーら不思議やっぱり各地のと同じクズまじりのになった、
ということがあったのかもしれない。
わたしは長年教師をしてきた。
日本の大学は(関心したことではないが)高校段階で輪切りにされた生徒がはいってくる、と言われる。
つまり各大学とも、だいたい同レベルの子があつまるというのである。
しかし実際にはどこでも、少数のよくできる学生と、
少数の箸にも棒にもかからぬのと、多数の中間層とがいる。
公立の小学校や中学校と同じことである。
東大はツブぞろいだから全員横一線だろうと思っている人があるが、
そんなことはない。
やはり層があり、上と下との差は大きい。
授業についてゆけない落ちこぼれもちゃんといる。
兵頭さんによれば、落ちこぼれがいるのが集団の正常さの担保なのだから、東大は正常な学校である。
4月22日 光が丘 夏の雲公園つばき園(東京・練馬)にて撮影