最初に掲げるのはあまり知られていませんが、大東亜戦争三十年経った一九七五年に、タイの首相となられたククリット・プラモート氏が 「十二月八日」 と題して書かれた文章です。
日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本というお母さん
は難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。
今日、東南アジアの諸国民が、米・英と対等に話ができるのは、
いったい誰のおかげであるのか。
それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためである。
十二月八日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが
一身を賭して重大な決心をされた日である。
われわれはこの日を忘れてはならない。
そしてこのタイの首相と全く同じことを、すでに登場願ったインドの第二代大統領のラダクリシュナン氏も次のように話されています。
インドが今日独立できたのは日本のお陰であり、それはひとりインド
だけではなく、ベトナムであれ、カンボジアであれ、
インドネシアであれ、旧植民地であったアジア諸国は、
日本人が払った大きな犠牲によって、独立できたのである。
我々アジアの民は一九四一年一二月八日をアジア解放の
記念日として記憶すべきであり、
日本に対する感謝の心を忘れてはならない。
また大東亜戦争後に英国からの独立をようやくかちとったミャンマー(当時のビルマ)初の首相バー・モウ氏は、その著 『ビルマの夜明け』 の中で、次のように述べています。
歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から
離脱させることに貢献した国はない。
しかしまたその解放を助けたり、
あるいは多くの事柄に対して範を示してやったりした諸国民
そのものから日本ほど誤解を受けている国はない。
アジア問題に詳しい作家の深田祐介氏は、彼の歴史的な名著 『黎明の世紀 大東亜会議とその主役たち』 (文芸春秋、一九九一年、同文庫一九九四年)の最後で、このバー・モウの語った意味深長な言葉を引用した後、次のような含蓄のある素晴らしい文章でこの本を静かに終えています。
この誤解している諸国民の中に 「日本国民」 自身も
含まれているところに、戦後日本の悲劇がある、といえそうである。
「日本の感性が世界を変える 言語生態学的文明論」
鈴木孝夫(すずき たかお 1926~)
株式会社新潮社2014年9月発行・より
千鳥が淵(東京・千代田区)にて4月10日撮影