「知的生活の準備」
渡部昇一(わたなべ しょういち 1930~2017)
株式会社KADOKAWA 2016年2月発行・より
去年、書庫を片付けていましたら、
昔の 「キング」 の付録(ふろく)が出てきました。
おやっと思ってみると、
子どもの頃、読んだ覚えがあるのです。
パラパラと見たら、カザルスの話が出てきました。
カザルスは若い頃にスペインから出てきて、
パリでチェロの勉強をした。
それで田舎にいる自分のお母さんが心配しているのではないかと思って、10日とか半月ごとに日記を送ったと書いてありました。
それを私は読んだのです。
しかし、読んだけれど、読んだことも忘れているし、
田舎の子だから、読んだときはカザルスなんていう名前を知っているわけじゃない。
チェロなんていうのは見たことも聞いたこともないわけです。
しかし日記を送るということについて、
ああ、これはいいことだ、ということだけは覚えていました。
このように、良い話は大人(おとな)になっても覚えている。
だから私は、子どもの頃に良い話を聞かせるというのは、
大変良いことだと思います。
私も終戦直後の東京に出てきた時、
食糧事情(しょくりょうじじょう)が悪いので心配しているだろうと思って
簡単な日記を田舎の実家に送り続けました。
またアメリカに客員(きゃくいん)教授として一人で出かけた時も、
妻に日記を送り続けました。
カザルスの話など全く覚えていないのに、
行為に感心したことだけは覚えていたのです。
4月10日 千鳥が淵公園(東京・千代田区)にて撮影