そこで思いだすのは『吾妻鏡』治承四年九月十九日のくだり、
八月に頼朝が伊豆で兵を挙げて、石橋山で敗れて安房に渡ったその直後ですね。
上総権介広常なる大将が軍勢二万騎を連れて隅田川のほとりに参上した。
頼朝は広常を、もっと早く来るべきであったと叱った。
頼朝に高位を占める相がなければ討ち取るつもりだった広常は、
これは立派な男だと思って従うことにしたと書いてある。
その日録の同じ日に、そのまま続けて、かつて平将門が東国で乱を起こしたとき、
藤原秀郷が味方をしようと将門のところを訪れた。
将門は非常に喜んで、うれしさのあまり、髪をきちんと結わずにだらしないまま烏帽子をかぶって対面した。
その様子を見た秀郷は、すぐさまそこを立ち去って将門の首を挙げたと書いてある。
これぞ人生論的古典主義の最たるものでしょう。
つまり自分の大将の態度を見て、従うか従わないかを決めるのが東国武士の習わしであるという。
そういう古典主義なわけですね。伝統を謳歌している。
「文学のレッスン」
丸谷才一(まるや さいいち 1925~2012)聞き手・湯川豊
株式会社新潮社 2010年5月発行・より
6月16日 中央公園(埼玉・朝霞)にて撮影