参考資料1567 | シフル・ド・ノストラダムス

シフル・ド・ノストラダムス

ノストラダムスの暗号解読

キリストの奇跡と宇宙人 その6
歴史書『聖書』にみる宇宙人3
「過越祭の日、弟子たちが一堂に会していると、天空から烈風の吼えたけるような音が降りて来て堂を満たした。火炎状に枝分かれした舌が各自に話しかけると見るや、ペテロは、イエスがすでに蘇生し、人びとに、悔い改めてイエス・キリストの名において洗礼を受けるよう呼びかけている、と叫んだ。
 それから約4年後、キリスト教徒を捕縛するためにダマスクスへの路上にあったサウルとその一行は、太陽より明るい天からの光に照りつけられた。目がくらんで地に倒れ伏したサウルには、ヘブライ語で「サウル、サウル、なんぞ我を迫害するか」と言う声が聞こえた。そこで、「われ言う『主よ、なんじは誰ぞ』。主、言い給う。『われはなんじが迫害するイエスなり』と」(使徒行伝第26章)
 サウルはパウロになり、その改宗はキリスト教界に一転期をもたらした。」
「やはりキリストは宇宙人だった」レイモンド・ドレイク著・北村十四彦訳より

感想
>過越祭の日、弟子たちが一堂に会していると、天空から烈風の吼えたけるような音が降りて来て堂を満たした。火炎状に枝分かれした舌が各自に話しかけると見るや、ペテロは、イエスがすでに蘇生し、人びとに、悔い改めてイエス・キリストの名において洗礼を受けるよう呼びかけている、と叫んだ。

「1.五旬節の日がきて、みんなの者が一緒に集まっていると、
2.突然、激しい風が吹いてきたような音が天から起ってきて、一同がすわっていた家いっぱいに響きわたった。
3.また、舌のようなものが、炎のように分れて現れ、ひとりびとりの上にとどまった。
4.すると、一同は聖霊に満たされ、御霊(みたま)が語らせるままに、いろいろの他国の言葉で語り出した。」
「使徒行伝」第2章1節~4節

これはキリスト教の「異言」という現象で、私は長らく潜在意識が語っているものだと解釈して来た。証拠もそれなりにある。
https://ameblo.jp/hitorinomeaki/entry-11732173950.html
昔は、この常松三峰さんに共感していたが、今はドナルドW・バーディック氏という人の方に共感している。
よく考えて欲しい。肉体を持った御使いが簡単に現われるような時代である。この舌のようなものも本当に現われたに違いない。何かは分からないが。ファティマの奇跡も実際に何かが現れて奇跡が起こっているからね。

「5.さて、エルサレムには、天下のあらゆる国々から、信仰深いユダヤ人たちがきて住んでいたが、
6.この物音に大ぜいの人が集まってきて、彼らの生れ故郷の国語で、使徒たちが話しているのを、だれもかれも聞いてあっけに取られた。
7.そして驚き怪しんで言った、「見よ、いま話しているこの人たちは、皆ガリラヤ人(びと)ではないか。
8.それだのに、わたしたちがそれぞれ、生れ故郷の国語を彼らから聞かされるとは、いったい、どうしたことか。
9.わたしたちの中には、パルテヤ人(びと)、メジヤ人(びと)、エラム人(びと)もおれば、メソポタミヤ、ユダヤ、カパドキヤ、ポントとアジヤ、
10.フルギヤとパンフリヤ、エジプトとクレネに近いリビヤ地方などに住む者もいるし、またローマ人で旅にきている者、
11.ユダヤ人と改宗者、クレテ人(びと)とアラビヤ人もいるのだが、あの人々がわたしたちの国語で、神の大きな働きを述べるのを聞くとは、どうしたことか」。
12.みんなの者は驚き惑って、互に言い合った、「これは、いったい、どういうわけなのだろう」。
13.しかし、ほかの人たちはあざ笑って、「あの人たちは新しい酒で酔っているのだ」と言った。
14.そこで、ペテロが十一人の者と共に立ちあがり、声をあげて人々に語りかけた。
「ユダヤの人たち、ならびにエルサレムに住むすべてのかたがた、どうか、この事を知っていただきたい。わたしの言うことに耳を傾けていただきたい。
15.今は朝の九時であるから、この人たちは、あなたがたが思っているように、酒に酔っているのではない。
16.そうではなく、これは預言者ヨエルが預言していたことに外ならないのである。すなわち、
17.『神がこう仰せになる。
終りの時には、
わたしの霊をすべての人に注ごう。
そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、
若者たちは幻を見、
老人たちは夢を見るであろう。
18. その時には、わたしの男女の僕(しもべ)たちにも
わたしの霊を注ごう。
そして彼らも預言をするであろう。
19. また、上では、天に奇跡を見せ、
下では、地にしるしを、
すなわち、血と火と立ちこめる煙とを、
見せるであろう。
20. 主の大いなる輝かしい日が来る前に、
日はやみに
月は血に変るであろう。
21. そのとき、主の名を呼び求める者は、
みな救われるであろう』。」
「使徒行伝」第2章5節~21節

これは先程の続きであるが、彼らは「終わりの時」に生きていると思っていたが、真の「終わりの時」はこれからなので、その時には「聖霊」なるものの正体も分かるだろう。念のため、現代には「聖霊」は現われない。

「11.わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。」
「マタイによる福音書」第3章11節

「28 その後わたしはわが霊を/すべての肉なる者に注ぐ。あなたがたのむすこ、娘は預言をし、あなたがたの老人たちは夢を見、あなたがたの若者たちは幻を見る。
29 その日わたしはまた/わが霊をしもべ、はしために注ぐ。
30 わたしはまた、天と地とにしるしを示す。すなわち血と、火と、煙の柱とがあるであろう。
31 主の大いなる恐るべき日が来る前に、日は暗く、月は血に変る。
32 すべて主の名を呼ぶ者は救われる。それは主が言われたように、シオンの山とエルサレムとに、のがれる者があるからである。その残った者のうちに、主のお召しになる者がある。」
「ヨエル書」第2章28節~32節

補足
「1.アポロがコリントにいた時、パウロは奥地をとおってエペソにきた。そして、ある弟子たちに出会って、
2.彼らに「あなたがたは、信仰にはいった時に、聖霊を受けたのか」と尋ねたところ、「いいえ、聖霊なるものがあることさえ、聞いたことがありません」と答えた。
3.「では、だれの名によってバプテスマを受けたのか」と彼がきくと、彼らは「ヨハネの名によるバプテスマを受けました」と答えた。
4.そこで、パウロが言った、「ヨハネは悔改めのバプテスマを授けたが、それによって、自分のあとに来るかた、すなわち、イエスを信じるように、人々に勧めたのである」。
5.人々はこれを聞いて、主イエスの名によるバプテスマを受けた。
6.そして、パウロが彼らの上に手をおくと、聖霊が彼らにくだり、それから彼らは異言を語ったり、預言をしたりし出した。」
「使徒行伝」第19章1節~6節

「終わりの時」には、あなたにも聖霊による洗礼が行えるようになるかもしれない。信じる信じないはあなた次第です。( ´艸`)

おまけ